コラム

今なら貞子はクラウド保存され、スマホから出てくる?──ホラーの醍醐味を製作目線で考える

2020年07月25日(土)14時40分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<ホラー映画では霊が画面に登場する瞬間だけではなく、その前のシーンも重要だ。だからこそ製作者たちは霊の登場シーンを必死に考えるが、大変なのは霊も同じ?>

僕は人一倍臆病だ。特に心霊系は苦手だ。でも興味がある。まあ当たり前か。お化けが怖くない人はお化け屋敷に興味など持たない。怖いから見たいのだ。

そもそもお化け屋敷は何が怖いのか。お化けの正体が電気仕掛けの人形か、アルバイトの大学生であることくらいは知っている。つまりお化けではなく、いつ、どこで、何が現れるのか分からない通路が怖いのだ。

これらのねじれた法則に気付かないと、ホラー映画は失敗する。霊が画面に登場する瞬間だけではなく、その前のシーン(通路)も重要なのだ。よく使われる手法は、極限まで不安をあおって霊が登場したと瞬間的に思わせて、でもそれは霊ではなかったと安心させ、次の瞬間に登場させる手法だ。リセットしたばかりだから、衝撃はさらに大きくなる。そしてこのとき、どのように登場させるかはさらに重要になる。

例えば、混雑したコンビニで客の中にいつの間にか心霊が交ざっていたという場面は、なかなか成立しない。だって日常的な外見では他の客と区別がつかないし、血みどろにしたら他の客が気付かないはずがない。

だからホラー映画製作者たちは登場シーンを必死に考える。主人公はコンビニのトイレに入る。扉を閉めれば一気に店内の騒音が消える。用を済ませた主人公が振り返る。そこに霊がいる。ただしこのときも、ただ立っているだけではあまり怖くない。僕が監督ならば、振り返った主人公の目の前に天地が逆になった顔がある、という設定にする。つまり天井から逆さまにぶら下がっている。

心霊は非日常だ。自分たちとは異質な存在だからこそ怖い。『エクソシスト』で一世を風靡したリーガンの階段逆さ下り(スパイダーウォーク)が典型だが、理不尽で意味のないことに人は恐怖を抱く。スパイダーウォークは、『呪怨』の佐伯伽椰子や『テケテケ』などにも引き継がれている。でも下半身がなくて腕だけで移動する『テケテケ』が限界だろう。これ以上人間離れすると、妖怪ジャンルに移行して怖さは薄まる。

登場の仕方で最も成功したのは、1998年公開の『リング』の山村貞子だ。VHSテープに磁気として記録された彼女の怨念は、テレビ画面からこちら側にはい出してくる。このシーンは強烈だ。『リング』は大ヒットし、後に続くジャパニーズホラー・ブームの火付け役となった。ハリウッドでもリメークされ、監督の中田秀夫は『ザ・リング2』でハリウッド・デビューを果たしている。

【関連記事】セックスは命懸け、タフガイは生き残らない......ホラー映画5つの「お約束」

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

TSMC、米に1000億ドル投資 トランプ大統領と

ワールド

トランプ氏がゼレンスキー氏を再び批判、「もっと感謝

ワールド

ウクライナは和平実現に実質外交、ゼレンスキー氏「米

ワールド

トランプ氏の和平への決意伝える、国務長官がチェコ外
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    生地越しにバストトップがあらわ、股間に銃...マドン…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 8
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 9
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story