コラム

「大竹は宇和島にいるから面白い」──現代アーティスト、大竹伸朗が探究する「日常」と「アート」の境界線

2022年10月31日(月)11時30分

本作は、これまでの作品と比較すると、要素が圧倒的に少ない(大竹の言葉を借りると「極限にそっけない」)ことが特徴である。これまでも、「はいしゃ」では新潟のレンタルビデオ店で使われていた自由の女神像、《直島銭湯「I♥︎湯」》では、北海道定山渓の秘宝館入口に置かれていた象の立体、《女根/めこん》では宇和島に流れ着いた巨大なブイなど、大竹の作品では、どこか土俗的で無国籍な巨大造形物が空間の中心に配置されていたが、《針工場》における船型は、まるでご神体のような、神聖さが宿ったものとして空間全体を支配している。

大竹が、初めて眼にしたときから母性や神聖な温もりを感じたというこの船型は、豊島に送り出す直前の2015年秋に集中豪雨で山崩れが発生したものの、造船所建屋に流れ込んだ土砂や瓦礫が、奇跡的に船型の1m手前で止まったため、無傷で難を逃れたのだという。

さらに驚くことに、この宇和島の記憶の「生き残り」とも言える船型と、《針工場》の建物のサイズが見事に合致。こうしたいくつかの奇跡を背景に、大竹は、他の素材は何も足さず、これら二つの使われなくなったものの記憶の合体を究極のコラージュとした。

一方、ここで大竹がこだわったのは、船型の運搬方法である。かくして船型は、解体せずそのまま、宇和島の造船所から4日間かけて瀬戸大橋の下を通り、豊島へと運ばれ、かつての花嫁行列のように、船型に括られた大綱を手に豊島の人々が《針工場》まで練り歩いた。

それについて大竹は、「いつか参加した子供たちが、子供のころ仲間と一緒に島の道路で大きな船を引っ張った記憶を、この先の日常でふと思い出すようなことがあれば、それで十分だ」と言う。船も針も生み出さなくなった船型と工場跡は、大竹の手により繋がり、場所と時代の記憶が継承され、未来の記憶を生み出す装置へと生まれ変わったのである。

miki202210ohtake-2-5.jpg

2015年12月8日、豊島島民の手による船型の運搬の様子

豊穣なる出会い

2022年、コロナ禍で開催が遅れていた東京国立近代美術館での個展を前に、その内容や思いについて聞いたところ、「テーマというわけではないが、何十年もやってきたなかで消えないものが大きな流れのなかで見えてくる」、との答えが返ってきた。いっぽうで、宇和島の造船所がなくなったことで「1クール」が終わった感じもあるという。

振り返ってみると、宇和島、そして造船所との出合いは、大竹の創作活動の大きな分岐点であり、この「1クール」は、ベネッセアートサイト直島との協働の歴史とも合致している。

「かつて福武代表に、「大竹は宇和島にいるから面白い」と言われたが、実際、宇和島にいなかったら、ほぼ、直島の作品は出来ていなかった。東京にいたら作れなかったものばかり。その意味で、宇和島との縁により、直島での数々のプロジェクトが出来たとも言える。自分は、「ストリート系」というか、美術館の外に興味が惹かれる対象物を見つけるタイプであり、作家の自我による作品制作と並行して、銭湯や寄合所など機能性重視の場所を通して、アートと社会施設とのギリギリの関係を探ることにも興味がある...」

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story