コラム

「大竹は宇和島にいるから面白い」──現代アーティスト、大竹伸朗が探究する「日常」と「アート」の境界線

2022年10月31日(月)11時30分
大竹伸朗

大竹伸朗《シップヤード・ワークス 船底と穴》1990年(写真:村上宏治)

<豊穣なる出会い、都会から離れ、地方にこだわり続けた協働の軌跡が生み出したものとは>


大竹伸朗は、いかに人と違った経験と生き抜く力でアーティストの道を開拓していったか から続く。


宇和島へ

日本がバブル景気に沸いていた1988年、大竹伸朗は、愛媛県宇和島市にある義父が所有する山奥の資材置き場をアトリエにして制作するようになる。立体を作りたいと思っていた大竹にとって、東京の仕事場が手狭に感じられたことが理由だが、宇和島では近くの造船所から廃船を譲り受けるなど、拾ってくるものが一気に大きくなっていった。東京で出来ないことをやらないと、ここでやる意味がないという思いもあったそうだが、この環境の変化は、日常のなかにアートを見出す方向へと向かわせるとともに、都会でしか意味を持たない現代アートの無力さを感じ、美術とは何なのかを自問自答する契機となる。

東京のアート界から遠く離れ、アートと全く関係のない環境で、誰からも興味をもってもらえなくとも、また、作る理由がなくとも、作り続けることが出来るか、自分を試されているように感じる一方で、このまま世界からフェードアウトしていくかもしれないという不安も抱いていた。大竹は立体だけでなく、子供用絵本を手掛けたり、「網膜」シリーズを発展させるなど新しい試みに果敢に挑戦していった。

この宇和島で最初に制作された記念すべき立体作品が、1994年の「Open Air '94 "OUT OF BOUNDS"―海景のなかの現代美術展―」(ベネッセハウス直島コンテンポラリーアートミュージアム:現ベネッセハウス ミュージアム)での展示を経てベネッセハウス屋外の海辺とカフェの外の芝生の上に設置されることとなった《シップヤード・ワークス 切断された船首》と《船底と穴》《シップヤード・ワークス 船尾と穴》である。

直島との最初の出合いは1993年で、最初に場所を見に来て欲しいと誘われた時は、島に現代アートなどあり得るのか、なんとも胡散臭い話だと疑心暗鬼で訪れたという。だが、島内にある銅の製錬所に通う大勢の労働者やトラックとともにフェリーに乗り、着いた港でおばちゃんたちが集まって話をしているのを横目に車で移動し、島の南部に位置するベネッセハウスに到着すると、安藤忠雄建築の美術館ホテルのなかにブルース・ナウマンやマイク&ダグ・スターンの作品が展示されており、港の日常に対する非現実的な世界にカウンターパンチを食らったという。

作品に用いた船の廃材は、芸術的な彫刻というよりも工業製品に近く、それらの境界線を取り払うことに関心をもつ大竹にとって格好の素材であるとともに、直島にとっても重要な海のモチーフであったわけだが、当時の美術館活動は島内でもほとんど知られておらず、海辺に置かれた作品を見た漁師から、難破船が打ち上げられたと連絡がくることすらあったらしい。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story