コラム

「大竹は宇和島にいるから面白い」──現代アーティスト、大竹伸朗が探究する「日常」と「アート」の境界線

2022年10月31日(月)11時30分

何かを口にしている時に味や匂いなどの感覚からたどる夢の記憶のプロセスを表現したその作品のイメージは、家の中の壁に残っていた子供の落書きなどを見た際に一気に膨らんだが、画竜点睛の点のように最後に設置された自由の女神像は、完成真近に外で休憩している時に突然完成イメージが浮んだという。2018年には、外の塀の一部が陶器製の歯を埋め込んだ歯茎色の壁に新装され、元歯科医院を舞台に、味や匂いなどの感覚からたどる夢の記憶はさらに強化された。

次に大竹が手掛けたのが、かつて落合商店があった敷地の隣に2009年に完成した《直島銭湯「I♥︎湯」(アイラヴユ)》である。高齢化が進み、自宅でお風呂を焚くことが難しくなっている島民も多いため銭湯が欲しいという地域の声や、島民と来島者が交流し活力を生み出す場所が欲しいというリクエストに応えたものだ。

銭湯の機能をもつだけでなく、改修ではなく新築であることから、根本的に「はいしゃ」とは異なるアプローチで、清潔でスカっとする場、きらびやかで明るく色彩豊かでハッピーな空間、あるいは、アートに関わりのない島に住む孫連れの御老人たちが足を止めて会話を始めたくなるような場所作りを目指したそうだ。

外観・内装だけでなく、浴槽から風呂絵、トイレの陶器、カラン、脱衣所のベンチの映像まで、日本中から集めてきた各種廃材や新たに作ったこだわりの数々をスクラップブックのごとくコラージュした本作は、昭和30年代の自らの幼少期における銭湯の記憶も反映しつつ、湯につかり、温度や湿度、匂いまで五感を通して体感する作品という意味で、ベネッセアートサイト直島における「アートに浸る」体験を象徴するものともなった。また、本作は施設の運営をNPO法人直島町観光協会が担うなど、地域との協働の新たな一歩ともなった。

2013年に、女木島(めぎじま)の休校中の小学校の中庭に設置した、「根」をテーマとしたインスタレーション《女根/めこん》は、最初に島を訪れた際に眼にした立派なヤシの木々から発想されたものだ。

miki202210ohtake-2-3.jpg

大竹伸朗《女根/めこん》2013年(写真:伊藤徹也)

大竹は、この前年の2012年の第13回ドクメンタ(ドイツのカッセルで5年に1度開催される国際芸術祭)に初めて参加している。この準備のためのカッセル入り直前に、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故が発生し、無力感に苛まれながら作品を作ることになる。

その時、作品を展示する場所を探してカッセルの森の中を歩き回り家に帰って、見てきた風景を描くことを続けるうちに、平常心を取り戻していったという。そうした影響もあってか、植物の生命力への関心は、すでに直島銭湯内の温室などでも見て取ることが出来たが、本作では、「メコン」という熱帯的で湿度を感じさせる響きや男根を想起させなくもないエロティックな字面のネーミングも含め、より前面に「生命力」を押し出した作品となっている。

さらに、2016年には豊島の家浦岡集落にて、1980年代後半に閉鎖されたメリヤス針の製造工場跡に、宇和島の造船所で一度も使われることなく放置されていた鯛網漁船の船体用の木型を用いた《針工場》をオープン。

miki202210ohtake-2-4.jpg

大竹伸朗《針工場》2016年(写真:宮脇慎太郎)

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story