コラム

李禹煥は、どのように現代アーティスト李禹煥となったか

2022年10月24日(月)11時25分
李禹煥

李禹煥美術館(写真:大沢誠一 2013年撮影)

<国立新美術館で開催中の、日本では17年ぶりとなる個展が話題のアーティスト・李禹煥(リ・ウファン)。文学を志していた韓半島の少年は、海を超え、戦後日本美術の主要な動向である「もの派」の理論的支柱となった>

2022年は、フランス南部のアルルに李禹煥(リ・ウファン)の個人美術館「Lee Ufan Arles」がオープンし、東京の国立新美術館では東京で初となる大規模な回顧展が開催されるなど、李の世界的な評価の高まりを決定付ける年となった。

李は1960年代末より戦後日本美術の主要な動向である「もの派」を牽引し、全ては相互関係のもとにあるという考えに基づいた彫刻・絵画作品、論考などで知られている。

その李の世界初の個人美術館が、香川県直島に2010年に開館した李禹煥美術館である。李に同美術館について尋ねると、当初、2007年のヴェネツィア・ビエンナーレにおける李の個展「共鳴」を観て感銘を受けたベネッセアートサイト直島の福武總一郎代表から美術館の設立を提案された時は、あまり乗り気ではなかったという。

しかし、設計を担当した安藤忠雄から、まずは3人で場所を見ようと誘われ、やっと訪問する気持ちになり島を訪れる。そこで、安藤から「美術館にこだわらないで、李さんが作ってみたい空間があるだろう」と言われ、初めてイメージが浮かび、取り組めるようになったという。「アートの島」と呼ばれる直島を訪れるのはその時が初めてだったが、最初は本当に普通の島で驚いたものの、徐々に場所を知るにつれて、特色がない普通の場所だからこそ、アートが共存できると思うようになっていったと李は語る。

このように、いわゆる効率重視で結論やオチから始まるのではなく、事の発端からそれがどのように展開していったかを順を追って説明する話し方から、李にとって、作品が置かれる空間や場所との関係、人々とのやり取りも創作の一部であり、作りながら考え、考えながら作る、そのプロセス自体が「開かれたフィールド」としてあることが読みとれる。

こうした「見るもの自体を作り上げることよりも、世界と出会う視覚的な契機を提示する(注1)」ことを念頭に、可能な限り作ることを制限し、自己と他者の対話の場づくりをするという考えは、しばしば李の生き方を通して醸成されたものとも言われる。

本人が、外をほっつき歩き、国家の保護を受けることもなく、孤独に戦うなかで、批判を受けたり、理解してもらえないこともあり、辛く厳しい道だったが、それでも、しつこく、厳しく、自身を制しながら創作を続けるうちに、アジアの政治経済的位相や世界的な価値観、ものの見方も変わり、自分の考えが理解されるようになっていった(注2)という彼の歩みを振り返ってみたい。

注1. 李禹煥「照応」、図録『李禹煥美術館』公益財団法人 福武財団、2015年
注2. 2022年6月、国立新美術館の個展の事前記者発表での李の発言および本人のインタビューより。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、為替操作に「強力に反応」 ドルの地位に脅威なし

ビジネス

米ハーシー支配株主、モンデリーズの買収提案を拒否=

ワールド

ロシア・ハンガリー首脳の電話会談、ウクライナ大統領

ビジネス

米エクソン、石油・ガス生産量18%増の中期計画発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国 戒厳令の夜
特集:韓国 戒厳令の夜
2024年12月17日号(12/10発売)

世界を驚かせた「暮令朝改」クーデター。尹錫悦大統領は何を間違えたのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 3
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    韓国大統領の暴走を止めたのは、「エリート」たちの…
  • 5
    ノーベル文学賞受賞ハン・ガン「死者が生きている人を…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 8
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    キャサリン妃が率いた「家族のオーラ」が話題に...主…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、妻の「思いがけない反応」...一体何があったのか
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    国防に尽くした先に...「54歳で定年、退職後も正規社…
  • 6
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 7
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 8
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 9
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能…
  • 10
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 9
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story