コラム

規格外の現代アーティスト、杉本博司が語る「因縁」とは何か

2022年09月09日(金)17時00分
杉本博司

杉本博司《カリブ海、ジャマイカ》1980年 ©Hiroshi Sugimoto

<写真から骨董、伝統芸能、建築、書、文筆、料理へと拡大する世界――杉本博司とは何者なのか?>

一切法は因縁生なり

杉本博司の人生や創作活動について、どのように言葉にすることが出来るのだろうか?
文章の冒頭から、この問いに躓いてしまう困難な理由は二つある。

杉本博司といえば、あのロックバンドU2のボノの創作にも影響を与えた(注1)、非常に完成度の高い大判のモノクロ写真で知られる現代アーティストである。しかし、近年は写真だけでなく、建築の設計や文楽・能の演出、料理本の出版に加え、2017年には本人が遺作とも呼ぶ、硝子の能舞台などを備えた文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」まで作ってしまった。さらに、2021年にはNHK大河ドラマ『青天を衝け』の題字を担当するなど書も手掛け、普通の現代アーティストの域を大きく超えて、規格外に活動の幅を拡大し続けている。

また、精力的に文筆活動も行っている。日本経済新聞の連載「私の履歴書」や、それを増補した自伝『影老日記』(新潮社2022)などで、その人生とキャリアについて自ら多くを語っており、いかにだけでなく、これ以上何を語れるのかという難しさもある。

その杉本が、頻繁に口にする言葉に「因縁」がある。仏教の「一切法(万物)は因縁生なり」、つまり、すべてのものは因縁がそろって生じていることを、まるで証明するかのごとく、彼が生きてきた環境や見聞きしたものが血となり肉となりその人格形成と創作に結実していっただけでなく、偶然・必然を問わず逃れられない人や事象の出会いと繋がりから時代ごとにチャンスを掴み、創作世界を拡げていったことが自伝から見て取れる。

実際、彼が建築を手掛けることになったのも、また、2022年にベネッセアートサイト直島に新たに整備された「杉本博司ギャラリー 時の回廊」や、上述の江之浦測候所が生まれた背景にも、杉本の長年にわたる直島との関わりがある。

さらに言えば、筆者自身も、かつて佐賀町エキジビット・スペースや直島で杉本作品に触れ、その後、何かに導かれるように、横浜、パリ、東京、京都、直島などで数々の杉本企画を手掛けることとなる。まるで、建築空間やコンテクストといった場所からインスピレーションを得て、物との出合いが言葉やストーリーを誘発し、そしてそれが新たな表象を生み出すといった連鎖反応で生まれる杉本の近年の展示のごとく、ひとつの企画からまた次の企画へと数珠繋がりに発生していったような気がする。

杉本博司の原点と思想的体験

1948年に台東区御徒町で美容院専門商品の卸売商店の息子として生まれた杉本の創作には、幼少期の記憶、環境、体験が大きく影響している。

妄想好きで夢見がちな杉本少年は、理科観察、天体・宇宙に関する情報、電子工作等の情報満載の雑誌『子供の科学』を愛読し、頻繁に家に出入りする大工から工作を教わる。また、実業家であり落語家でもあった父親の影響で物事にはオチが必要、腑に落ちるのが良いと考えるようになる。

注1. ボノは、「海景」写真から触発された曲を作るなどしている。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

キャシー・ウッド氏、トランプ効果の広がり期待 減税

ビジネス

タイ、グローバル・ミニマム課税導入へ 来年1月1日

ワールド

中国、食料安全保障で農業への財政支援強化へ

ワールド

ドイツ大統領、議会を解散 2月23日に総選挙
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 2
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 3
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部の燃料施設で「大爆発」 ウクライナが「大規模ドローン攻撃」展開
  • 4
    「とても残念」な日本...クリスマスツリーに「星」を…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 7
    わが子の亡骸を17日間離さなかったシャチに新しい赤…
  • 8
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 9
    日本企業の国内軽視が招いた1人当たりGDPの凋落
  • 10
    滑走路でロシアの戦闘機「Su-30」が大炎上...走り去…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 4
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 7
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 8
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 9
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 10
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story