コラム

アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?

2021年01月20日(水)13時12分

こうした融資の実態が金融規制当局に知られることとなり、中国銀行保険監督委員会は2020年11月2日に「ネット少額融資業務管理暫定方法」という新たな規制の案を公開した。これはアントのような少額融資のプラットフォームに対する大幅な規制強化を図るものである。

そのなかでは、プラットフォームが銀行と提携して融資を行う場合、少なくとも融資する資金の30%は出資しなくてはならないとか、原則として省をまたいで業務ができないとか、個人への融資は年収の3分の1を上限とする、といった規制が盛り込まれている。

この規制はまだ案の段階ではあるものの、この通りになれば、アントは融資資金を出している子会社2社の資本金を現行の358億元から1400億元以上に増やす必要があるし、業務の地理的範囲を大幅に制限されるため、融資業務を縮小せざるをえなくなる可能性が高い。この新しい規制の帰趨が明らかになり、アントがそれに適合するように融資業務を再編するまでは、株式の上場は無理である。

規制案のなかで、省をまたぐ業務をしてはいけないという項目がなぜ入っているのかは私には正直言ってよく理解できない。ただ、その点を除けば、金融プラットフォームがリスクもコストも負担しない状況を変えようとする当局の意図は明確であり、「時代遅れの規制だ」というジャック・マーの批判は当たらないように思う。規制強化によって最大の影響を受けるのはアントであるが、京東数科と陸金所も、融資規模はアントの10分の1ほどであるものの、同様の少額融資事業を行っている。新しい規制は当然これらにも適用されるので、アントだけを狙い撃ちにしてつぶしたわけではない。

以上のように、金融規制当局がアントに対して規制を強化するのは十分に理解できることであり、アントないしマーが政治的に不興を買って狙い撃ちにされた、という説明は、少なくとも余分である。

他方で、中国のキャッシュレス化の推進や零細企業向け融資の開拓においてアントがこれまで行ってきた多大な貢献がこれで無になるわけでもないだろう。アントが金融規制当局との対話を通じて適切に事業を縮小・再編できれば、近い将来必ず株式上場が実現できるはずである。

<参考文献>
・張勇祥「アリババに迫る国家包囲網」『日本経済新聞』2020年12月1日
・西村友作「解説」廉・辺・蘇・曹『アントフィナンシャル』みすず書房、2019年所収
・野口悠紀雄「巨大IT産業時代の終焉なのか―中国で重大な地殻変動が起きつつある」『現代ビジネス』2020年12月20日
・福島香織「中国『ジャック・マー失踪』の全舞台裏・・・じつは習近平の"自爆"で、中国経済が『大ピンチ』に!」『現代ビジネス』2021年1月13日
・廉薇・辺慧・蘇向輝・曹鵬程(永井麻生子訳)『アントフィナンシャル』みすず書房、2019年

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story