アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?
こうした融資の実態が金融規制当局に知られることとなり、中国銀行保険監督委員会は2020年11月2日に「ネット少額融資業務管理暫定方法」という新たな規制の案を公開した。これはアントのような少額融資のプラットフォームに対する大幅な規制強化を図るものである。
そのなかでは、プラットフォームが銀行と提携して融資を行う場合、少なくとも融資する資金の30%は出資しなくてはならないとか、原則として省をまたいで業務ができないとか、個人への融資は年収の3分の1を上限とする、といった規制が盛り込まれている。
この規制はまだ案の段階ではあるものの、この通りになれば、アントは融資資金を出している子会社2社の資本金を現行の358億元から1400億元以上に増やす必要があるし、業務の地理的範囲を大幅に制限されるため、融資業務を縮小せざるをえなくなる可能性が高い。この新しい規制の帰趨が明らかになり、アントがそれに適合するように融資業務を再編するまでは、株式の上場は無理である。
規制案のなかで、省をまたぐ業務をしてはいけないという項目がなぜ入っているのかは私には正直言ってよく理解できない。ただ、その点を除けば、金融プラットフォームがリスクもコストも負担しない状況を変えようとする当局の意図は明確であり、「時代遅れの規制だ」というジャック・マーの批判は当たらないように思う。規制強化によって最大の影響を受けるのはアントであるが、京東数科と陸金所も、融資規模はアントの10分の1ほどであるものの、同様の少額融資事業を行っている。新しい規制は当然これらにも適用されるので、アントだけを狙い撃ちにしてつぶしたわけではない。
以上のように、金融規制当局がアントに対して規制を強化するのは十分に理解できることであり、アントないしマーが政治的に不興を買って狙い撃ちにされた、という説明は、少なくとも余分である。
他方で、中国のキャッシュレス化の推進や零細企業向け融資の開拓においてアントがこれまで行ってきた多大な貢献がこれで無になるわけでもないだろう。アントが金融規制当局との対話を通じて適切に事業を縮小・再編できれば、近い将来必ず株式上場が実現できるはずである。
<参考文献>
・張勇祥「アリババに迫る国家包囲網」『日本経済新聞』2020年12月1日
・西村友作「解説」廉・辺・蘇・曹『アントフィナンシャル』みすず書房、2019年所収
・野口悠紀雄「巨大IT産業時代の終焉なのか―中国で重大な地殻変動が起きつつある」『現代ビジネス』2020年12月20日
・福島香織「中国『ジャック・マー失踪』の全舞台裏・・・じつは習近平の"自爆"で、中国経済が『大ピンチ』に!」『現代ビジネス』2021年1月13日
・廉薇・辺慧・蘇向輝・曹鵬程(永井麻生子訳)『アントフィナンシャル』みすず書房、2019年
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