コラム

アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?

2021年01月20日(水)13時12分

すなわち、商品を注文した買い手が支払った代金をアリババの方でいったん預かり、商品が買い手のもとに到着したら、代金を売り手に渡す、というのが「保証取引」である。

やがて、商品の売買のたびに銀行からアリババに代金を出したり戻したりするのではなく、売り手も買い手もアリババにバーチャルな口座を開いてそこでお金をやりとりするようになった。

多数の人々がアリババ上に口座を持つようになると、今度はそれを使って電子商取引だけでなく、公共料金の支払い、鉄道や飛行機のチケットの購入、友達への送金などさまざまな支払ができるようになれば便利ではないか、と考えた。これが「支付宝(アリペイ)」の始まりである。

ただ、そうした「第三者決済業務」は政府(中国人民銀行)の規制の対象である。ソフトバンクなどを大株主とする外資系企業であるアリババにはそうした業務は許可されない可能性があった。そこで、2010年にアリババの決済業務がアリババの子会社からマーらが出資する純中国資本の企業に移された。これがアント・グループの始まりである。

ほどなくして中国もスマートフォン(スマホ)の時代になり、アリペイの主な舞台はパソコンからスマホに移った。2013年にアリババはスマホでの電子商取引の拡大に力を集中する方針を定め、アントもスマホによってネット上の商品だけでなく、街中でなんでも買えて、現金を持ち歩かなくても済むようにすることを目指すようになった。そのためのカギとなった技術がQRコードである。

ICカードを超えたQRコード

QRコードはもともと日本のデンソーが自動車部品の箱を管理するために開発したものである。デンソーはそれをイベントのチケットにも応用できると考えていたが、よもや現金の授受に使われるとは思っていなかっただろう。QRコードを現金決済に使うことを世界で最初に思いついたのはアントのようだが、実際に広く使い始めたのはテンセントの方が一足早く、アントも同じ2013年にQRコードの普及に乗りだした。

当時、電子マネー技術の本命だと思われていたのはICカードで、日本ではSuicaやおサイフケータイなどに使われている。中国政府も当時はICカードが主流になると考えていて、アントに対してQRコードは危険だから使用を停止するよう2014年に命じた。

しかし、ICカードは代金を受け取る側でリーダー・ライターを購入しなければならないし、スマホにICカードを搭載する必要があるなどQRコードに比べて導入コストが高い。零細企業ではこの導入コストがネックとなるため、その普及には限界がある。そのため、中国では政府が禁止している間もQRコードの利用が続き、結局2年後に政府が折れて、利用を認可した。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ウニクレディト、BPM株買い付け28日に開始 Cア

ビジネス

インド製造業PMI、3月は8カ月ぶり高水準 新規受

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

ユニクロ、3月国内既存店売上高は前年比1.5%減 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story