コラム

アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?

2021年01月20日(水)13時12分

一方、日本ではその後も政府も企業もICカードにこだわり続けたことが災いして、ついには「キャッシュレス後進国」になってしまった。

2013年にアントが打ち出したもう一つの画期的なサービスが「余額宝」である。これはアリババ上の口座に入っている資金をMMFで運用するサービスで、1元からでも投資でき、いつでも償還できるというので大変な人気を集めた。

ジャック・マーが早くからやりたいと思っていたもう一つの事業は、アリババで店を開いているような零細企業に融資をする仕組みを作ることである。2007年にアリババは大手国有銀行の中国建設銀行と中国工商銀行と提携し、アリババが零細企業の取引データを提供して、それをもとに銀行が借り手の信用状況を判断して融資するというサービスを始めた。

しかし、アリババがデータを提供しても、実際に審査をパスして融資が認められる比率は2~3%と低かった。電子商取引のデータだけでは銀行の融資を判断するには不十分であり、結局銀行のなかで長く蓄積されてきた方法に基づいて与信審査が行われたためである。

1件1秒、コスト2元の超審査

マーとしては、担保となるような財産を持たず、銀行に相手にしてもらえないような零細企業に対して、取引データを活用することでなんとか融資できないか、と思っていたのに、大手国有銀行と提携したのでは結局融資はできないということになってしまう。そこでマーは銀行とたもとを分かち、アントが自ら融資する方向に転換した。2015年には融資事業を発展させて、スマホ上だけで金融事業を行い、支店を持たないインターネット銀行、浙江網商銀行をアントの子会社として設立した。

アントと網商銀行は融資の審査のために対象となる企業のデータを集め、無担保による少額融資を実施していった。データの蓄積と融資モデルの構築によって、融資の申し込みに対して人の手を介さずに与信審査を行う仕組みを整え、1件当たりの審査時間はわずか1秒、コストはわずか2元という審査の仕組みを作った。これを使って6年間で600万戸以上の零細企業や起業家に少額の融資をした。

また、そうして収集した零細企業や電子商取引を利用する消費者のデータを利用して、企業や個人の信用スコアを算出する事業を開始し、そのための子会社として芝麻信用を設立した。ただし、芝麻信用の業務のうち個人の信用調査に関して、中国政府は果たしてそれを民間会社にやらせておいていいのかと逡巡を続けた。政府は2015年に芝麻信用と他の民間企業7社に対して個人信用調査業務を行うことを試験的に認可したものの、結局2018年になってこれら8社も出資する半官半民の1社に業務を集約することになった(西村[2019])。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦争を警告 米が緊張激化と非難
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story