アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?
一方、日本ではその後も政府も企業もICカードにこだわり続けたことが災いして、ついには「キャッシュレス後進国」になってしまった。
2013年にアントが打ち出したもう一つの画期的なサービスが「余額宝」である。これはアリババ上の口座に入っている資金をMMFで運用するサービスで、1元からでも投資でき、いつでも償還できるというので大変な人気を集めた。
ジャック・マーが早くからやりたいと思っていたもう一つの事業は、アリババで店を開いているような零細企業に融資をする仕組みを作ることである。2007年にアリババは大手国有銀行の中国建設銀行と中国工商銀行と提携し、アリババが零細企業の取引データを提供して、それをもとに銀行が借り手の信用状況を判断して融資するというサービスを始めた。
しかし、アリババがデータを提供しても、実際に審査をパスして融資が認められる比率は2~3%と低かった。電子商取引のデータだけでは銀行の融資を判断するには不十分であり、結局銀行のなかで長く蓄積されてきた方法に基づいて与信審査が行われたためである。
1件1秒、コスト2元の超審査
マーとしては、担保となるような財産を持たず、銀行に相手にしてもらえないような零細企業に対して、取引データを活用することでなんとか融資できないか、と思っていたのに、大手国有銀行と提携したのでは結局融資はできないということになってしまう。そこでマーは銀行とたもとを分かち、アントが自ら融資する方向に転換した。2015年には融資事業を発展させて、スマホ上だけで金融事業を行い、支店を持たないインターネット銀行、浙江網商銀行をアントの子会社として設立した。
アントと網商銀行は融資の審査のために対象となる企業のデータを集め、無担保による少額融資を実施していった。データの蓄積と融資モデルの構築によって、融資の申し込みに対して人の手を介さずに与信審査を行う仕組みを整え、1件当たりの審査時間はわずか1秒、コストはわずか2元という審査の仕組みを作った。これを使って6年間で600万戸以上の零細企業や起業家に少額の融資をした。
また、そうして収集した零細企業や電子商取引を利用する消費者のデータを利用して、企業や個人の信用スコアを算出する事業を開始し、そのための子会社として芝麻信用を設立した。ただし、芝麻信用の業務のうち個人の信用調査に関して、中国政府は果たしてそれを民間会社にやらせておいていいのかと逡巡を続けた。政府は2015年に芝麻信用と他の民間企業7社に対して個人信用調査業務を行うことを試験的に認可したものの、結局2018年になってこれら8社も出資する半官半民の1社に業務を集約することになった(西村[2019])。
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