コラム

中国は景気刺激のアクセルを踏むのか踏まないのか

2016年03月08日(火)19時00分

GDP目標が高いと疼き出す「投資飢餓症」

 しかし、中国では地方政府と国有企業は常に投資飢餓症(大きな投資がしたいとウズウズしている状態)の状態にあり、かつ大きな資金を動かしうるので、高い目標を掲げてしまうとたちまち投資過熱が起きて大変なことになります。みんなが「超過達成」を喜べるような控え目な目標が望ましいのです。

【参考記事】五中全会、成長優先で後回しになる国有企業改革

 前ページの表で注目していただきたいのは、例えば2008年の実績が9.6%であるとすると、翌2009年の目標は必ず前年の実績よりも低く設定されていることです。つまり、その時期の趨勢よりも少し控えめな目標を設定するのが普通でした。この慣例に従えば2016年の目標は6.5%とするのが妥当だと思われます。

 実際、昨年秋以降に中国内外の大学やシンクタンクが発表した経済予測でも2016年の経済成長率を6%台と予想するものばかりでした。まず、2015年9月に中国社会科学院経済学部が発表したレポートでは2016~2020年の平均成長率は6%と予測されています。10月に国際通貨基金(IMF)は2016年の成長率を6.3%とする予測を発表しました。さらに、中国人民大学の研究チームは6.6%、ムーディーズは6.3%と予測しています。

 また清華大学の李稲葵教授は第13次5か年計画の最初の2年間は厳しい構造調整の時期で、景気はさらに低下し、2017年に底を打つだろう、予測しています(『21世紀経済報道』2015年12月2日、『経済参考報』2016年3月4日)。5年間の平均の目標が6.5%だとすれば、最初の2年間はそれを割り込むことを覚悟すべきだということです。

住宅、鉄鋼、石炭なとの過剰設備対策を優先

 そうした議論の流れを受けて、昨年12月に開かれた中央経済工作会議で、中国の指導部は次年度の経済政策の重点を「サプライサイド(供給側)の構造改革」と定めました。これは、成長率の低下を我慢してでも住宅、鉄鋼、石炭、セメントなどの供給能力過剰の問題を解決するという意味です。国務院発展研究センターの副主任だった劉世錦氏の解説によれば、もしいま需要を刺激する方策をとってしまうと過剰能力の解消が遠のいてしまうので、成長率が急落でもしないかぎり、財政出動などの需要刺激策は控えるべきだとのことです。

【参考記事】鉄鋼のたたき売りに見る中国の危ない改革先延ばし体質

 ところが、年末から年初にかけて人民元の対米ドル相場が急落し、株価が急落したりしたあたりから、指導部のなかで果たして「サプライサイドの構造改革」一本槍でいいのかという疑念が生じてきたようです。

 さらに今年1月末に各地方のGDP成長率が発表されると、遼寧省が3.0%、山西省が3.1%と、非常に低い数字を出してきました。地方は盛った数字を出してくるのが通例であるところ、目標の半分にも届かないような低い数字を出してくるのは、苦しい経済状況にあることを中央にアピールして、あわよくばその対策のための資金を獲得しようという意図があったのだと思います。実際、中央政府は石炭と鉄鋼の生産能力削減に伴う余剰人員対策として今年から毎年1000億元の資金を出すことを決めましたが、遼寧省と山西省はその受益者になることでしょう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story