コラム

イスラエルはいかにして世界屈指の技術大国になったか

2017年04月27日(木)18時25分

イスラエルの中長期的な目標であるビジョンは、上記のミッションを実現していくためにも、様々な点において強靭な国家を創っていくことに置かれている。ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が指摘しているハードパワー、ソフトパワー、スマートパワーの全てにおいて国力を高めていこうとしているのが現在のイスラエルである。

なお、冒頭で「多様性をもつイスラエル」と述べたが、例えば米国のリサーチ機関であるPew Research Centerの2016年調査によれば、国民の19%がユダヤ教以外を信仰しているという結果であった。ユダヤ教:81%のなかでも、Haredi超正統派:8%、Dati宗教的:10%、Masorti伝統派:23%、Hilonl世俗派:40%となっている。

すなわち、戒律の厳しいユダヤ教の国というイメージに反して、宗教ひとつとっても自由で多様性があり、イスラエル国民の40%までもがユダヤ教のなかでも世俗派に分類されているのだ。

こうした多様性を維持していくために不可欠な最低限の共通項としての価値観がバリューであり、イスラエルはそこに強いこだわりをもっている。普段は違う価値観をもった国民であるが、イスラエル存亡の危機といった状況においては一致団結する強い使命感が共有されている。

「小国」で天然資源にも乏しいという厳しい環境のなかで、創造力こそが生命線であるというのも共通の価値観だ。イスラエルでは「0から1」という表現を好んで使うことが多いが、これは自らが「0から1」を生み出す創造力に秀でていると自負していることが理由である。

さらには、離散と迫害という長年の歴史のなかで、「今日が人生の最期の1日」と思って1日を精一杯生きるという人生観や死生観も、イスラエルに住む多くのユダヤ人が共有している価値観である。

イスラエルの国家戦略には、先のグランドデザインで述べたように、ハイテク技術に優れた国づくりを行うこと、そしてハードパワー、ソフトパワー、スマートパワーの全てにおいて国力を高めていくことなどが指摘できる。この国家戦略は以下に述べる「天の時」=タイミング戦略においても、「地の利」=国の比較優位においても、合理性の高いものであると評価される。

【天】外部環境の変化を予測したタイミング戦略

「天」とは、「天の時」という表現に示されるように、外部環境の中長期的な変化を競合に先んじて予測し、壮大なグランドデザインから計画的に大きな目標を実現していくためのタイミング戦略である。

イスラエルは、政治・宗教・信条等が異なる国々に取り囲まれているという厳しい環境のなかで、軍事技術を最先端にまで高める必要に迫られてきた。

そのなかでも軍事技術の基軸が地上や空中からサイバー領域にまで広がっていくことを他国に先行して予測し、サイバーセキュリティーの分野では米国をも凌駕するポジションを確保している。また、この分野以外においてもイスラエルの軍事技術は多岐に及ぶ領域において高水準を誇っている。

イスラエルでは男女ともに18歳から兵役義務があり、兵役を経験する国民の全てがその時点における最先端の軍事技術に触れることになるのが大きな強みとなっている。

小学校の段階から全ての国民にプログラミング教育を義務付けているイスラエルでは、特に優秀な理工系の学生が、国から選抜されて入隊する8200部隊と呼ばれる軍の研究開発部門に配属され、最先端の軍事技術の中核を担う。さらにイスラエルでは軍事技術の民間転用を促進していることから、8200部隊出身者を始めとして多くの若者が起業し、スタートアップ大国の隆盛を担っているという流れも確立されている。

つまりは、イスラエルではAI、IoT、自動運転、サイバーセキュリティーが「メガテック」の中核となることを見越し、そこに「天の時」が到来することを予測して国のグランドデザインを描き、戦略的に当該分野での競争力を高めてきたのである。

【参考記事】動画:イスラエル発の「空飛ぶロボットタクシー」、初の自律飛行に成功

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナ復興に凍結資産活用で合意も 和平

ビジネス

AIが投資家の反応加速、政策伝達への影響不明=ジェ

ワールド

不法移民3.8万人強制送還、トランプ氏就任から1カ

ビジネス

米中古住宅販売、1月4.9%減の408万戸 金利高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story