コラム

イスラエルはいかにして世界屈指の技術大国になったか

2017年04月27日(木)18時25分

【地】極めて不利な地理的環境をカバーする戦略

イスラエルは「小国」であり、さらには中東に位置しているにもかかわらず天然資源に乏しく、何より国内市場の規模が小さいことが最大の難点の1つとなっている。また、イスラエルは政治・宗教・信条等が大きく異なる国々に取り囲まれている「陸の孤島」の国でもある。

このように国力という観点からは極めて不利な地理的環境に置かれているイスラエルでは、製造業よりもハイテク技術分野の開発という知識集約型産業に特化、国内市場の規模が小さいという難点に対しては最初から世界市場を目指すことで競争力を高めてきた。

政治・宗教・信条等が異なる国々に取り囲まれているという危機感と、最初から世界市場を目指すしか生存する見込みがないという過酷なビジネス環境が、イスラエルのイノベーションの源泉になっているのだ。

また、自国の地理的な枠組みを超越するために、米国や欧州との同盟、日本・中国・韓国等アジア諸国との親密化を促進してきた。そして近年は地中海横断のエネルギーネットワーク構築にも注力している。

国家戦略としては、大きな影響力を誇示する大国と同盟ないし親密な関係を構築していることが「地の利」の不利な点をカバーしているものと評価される。

一般には米国の同盟国という文脈だけで語られることの多いイスラエルではあるが、実際にはロシア系ユダヤ人が国民全体の25%にも及ぶ(これも多様性国家としての1つの側面で、驚くほどロシア系が多い。旧ソ連崩壊時にロシアから優秀なユダヤ人の科学者や技術者を積極的に受け入れたこともあり、ロシア系ユダヤ人は現在でも研究開発を担う貴重な存在となっている)こととも相まって、ロシアとも親密化を促進しているのは見逃せない点だろう。さらには、足元ではアラブ諸国の盟主であるサウジアラビアとの関係も強化し始めている。

【将】「創造力×一致団結力」のリーダーシップ教育

「将」とは、リーダーシップ、人材、教育のことである。「小国」で「陸の孤島」であるイスラエルは、人材こそが最も重要な資源であると考え教育に注力してきた。ユダヤ人は子息の教育に熱心であることは有名であるが、イスラエルでは国家戦略の中核として教育水準を高め、さらには「トップガン人材」教育にも努めている。

全国民に対して小学校の段階からプログラミング教育を行う一方で、少数精鋭を同国最高峰の研究開発(R&D)センターとも言える8200部隊に選抜する仕組みも「トップガン人材」教育の一例である。他国が簡単には真似できないような、長期的で継続的な「将」の教育が提供されているのだ。

イスラエルの「将」を語る上で不可欠なのは、その一致団結力である。先に述べたように、宗教や民族などで多様な価値観をもつ国民も、イスラエル存亡の危機といった状況になると、全ての違いを超えて結束し、母国イスラエルのために戦う姿勢が貫徹されている。

なお、政治信条にも多様性があり、パレスチナ問題や和平の考え方についても様々な意見が存在することには触れておきたい。パレスチナ問題を複雑な思いで見ていた筆者としては、二国家共存なのか等においても、イスラエル国内で様々な意見があることにむしろ勇気づけられる気がした。

一致団結力ということでいえば、ニューヨーク大学のブルース・ブエノ・デ・メスキータ教授とアラスター・スミス教授は、イスラエルがシリア・エジプト・ヨルダンのアラブ連合と戦い6日間で勝利した第3次中東戦争(通称:6日戦争)の勝因について、「アラブ連合は軍隊だけが戦争に参加し、イスラエルは国民全員が戦争に参加した」ことを挙げている。

イスラエルの国防軍は、階級意識や上下関係が比較的緩やかであり、個人の創造力が重視されていると言われている。その一方で、イスラエル存亡の危機には国民が一致団結して戦うという気概が小さい頃からの教育や兵役を通じて叩き込まれている。

これをリーダーシップ論で読み解けば、一人ひとりが自らの創造力を発揮するというセルフリーダーシップ、そしてチームのために一致団結して強固なチームワークを発揮するという組織・国家リーダーシップが、自律的に形成されているのがイスラエルの状況であると言えよう。「一人ひとりの創造力×危機の際の一致団結力」がイスラエルの「将」における最大の特徴と評価される。

【参考記事】写真特集:ドローン大国イスラエルの非情な開発現場

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マネタリーベース3月は前年比3.1%減、緩やかな減

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%

ビジネス

EUが排ガス規制の猶予期間延長、今年いっぱいを3年

ビジネス

スペースX、ベトナムにスターリンク拠点計画=関係者
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story