コラム

イスラエルはいかにして世界屈指の技術大国になったか

2017年04月27日(木)18時25分

【法】マネジメント体制とエコシステム構築

「法」とは、法律制度のみならず、広く国家としてのマネジメント体制、国家構造、産業やスタートアップを生み出すエコシステムなどが含まれる。現代の経営学で端的に言えば、「将」がリーダーシップで「法」がマネジメントであり、戦略である「道」を実行する車の両輪が「リーダーシップ×マネジメント」となるのだ。

イスラエルが近年「技術大国」と言われるようになったことには、ハイテク技術に優れた国づくりをするというグランドデザインを描くとともに、実際に、国のマネジメント体制としてハイテク技術における国家構造やエコシステムを構築したことが要因として指摘される。

イスラエルには、グーグル、アップル、マイクロソフト、インテルなど世界トップレベルのグローバル企業が多数進出してR&D拠点を設けている。また同国は「スタートアップ大国」、「第2のシリコンバレー」とも呼ばれ、スタートアップのエコシステムも構築している。

ここで言うエコシステムとは、起業したスタートアップのビジネスが成長していくために必要なインフラやプレイヤーが揃っている仕組みのことである。

政府機関、大学、研究機関、自治体、民間企業、投資家などのプレイヤー。各種のR&D施設、政府の支援、インキュベーター、経験豊富で支援的なベンチャーコミュニティー、スタートアップに有利な税務・法務制度などのインフラ。個々の起業家がどれほど優れたイノベーションをもっていたとしても、スタートアップのビジネスを継続して成長へと導くためにはエコシステムが形成されていることが不可欠なのだ。

実際に米国のコンサルティング&リサーチ会社であるCompassの2015年調査においては、スタートアップのエコシステム世界ランキングにおいてイスラエルのテルアビブが世界第5位にランクされている。1位から4位はすべて米国の都市(シリコンバレー、ニューヨーク、ロサンゼルス、ボストン)であり、米国以外の都市ではトップという評価を得ているのだ。

道・天・地・将・法の総合評価

イスラエルの国家としての競争戦略は、道・天・地・将・法の5項目から分析してみると極めて合理性や整合性の高いものであると評価される。軍事や教育といったマクロレベルの施策を上手にミクロ経済レベルの繁栄にも結びつけている。

図表2は、図表1のフレームワークを使ってイスラエルの競争戦略を分析したものである。ハイテク技術に優れた国づくりという国家戦略は、「天の時×地の利」に合致した合理性の高いものである。また「将」と「法」が車の両輪のような関係で国家戦略を実行する「リーダーシップ×マネジメント」となって機能している。

m_tanaka170427-chart2.jpg

戦略目標が明確で、目標達成に直結する戦略を計画的に長期にわたって実行してきたことがイスラエルの競争戦略の総括と言えるだろう。

なお、孫子の兵法には、この五事に限らず、様々な点において5という数字が登場し、中国古来からの五行思想が色濃く反映されている。また、孫子は様々な点において5つのポイントを指摘するだけではなく、そのなかでの優先順位や関係性にも強くこだわっていた。

自然哲学の考え方でもある五行思想とは、5つの要因が互いに影響し合って効果を高めていくというものであるが、イスラエルの国家運営にもその効果が感じられると言えよう。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
毎日配信のHTMLメールとしてリニューアルしました。
リニューアル記念として、メルマガ限定のオリジナル記事を毎日平日アップ(~5/19)
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story