コラム

岐阜県の盗撮疑惑事件で垣間見えた、外国人技能実習制度の闇

2018年02月14日(水)19時00分

私が切々と訴え続けると、ついに警官は折れた。証拠物の監視カメラを預かり、検査する。もし盗撮の事実が明らかになれば、会社の同意がなくとも被害届を受理する、と(なお、後述する中国メディア「澎湃新聞」の報道によると、大垣警察署の担当者はやはり会社が申請しないかぎり被害届は受理できないと発言したという)。

警察署を離れた後、私は彼女たちの話を聞いた。そこで知ったのは、あまりにも過酷な生活だった。例えば、寮の水道の蛇口には布が巻き付けてある。理由を聞くと、水に泥が混じっているからだという。その布をほどいてみると、確かにそのとおり。中には土がたまっていた。泥混じりの水が流れてくる蛇口の、布でこした水を飲んでいるのだ。

lee180214-4.jpg
lee180214-5.jpg

中国人研修生たちが普段使っている水道の蛇口(写真提供:中国人研修生)

浴室は真冬でも十分なお湯が出ない。湯沸かし器が古いからだろうか、お湯は出たり出なかったり。彼女たちは冬の寒い時期には週1回程度しかシャワーを浴びないという。一方、部屋には冷房もなく、真夏には倒れそうな暑さになる。

煮炊きには井戸水を使うというが、その水には虫が浮かんでいるのだとか。日本人従業員はミネラルウォーターを買って飲料水にしているが、給与が日本人の半分という彼女たちは水を買うことすらためらわれる。あまりの劣悪な待遇に私は言葉を失った。

それでも彼女たちは前向きだった。東京に帰る新幹線に乗る私に、感謝の言葉を述べ、微笑みながら「ありがとう! いつかご飯をおごりますね」と話し掛けてくる。私は笑顔を返すことができなかった。

まるで奴隷、人権はどこに消えてしまったのか

私は「元・中国人、現・日本人」だ。自らの決断で日本国籍を選んだのだ。生まれたときから日本人だった人以上に、日本人であることに誇りを抱いている。

だが、彼女たちの笑顔を見て、私は恥ずかしい気持ちを抱いた。これが世界に名だたる先進国・日本の姿なのだろうか。外国からやって来た若い女性をこれほど過酷な環境で働かせるばかりか、不安な事件が起きても誰一人親身に寄り添おうとはしない。

技能実習生は日本に技術を学びにきた学生だ。言葉も文化も分からない異国の地で暮らせば不安があって当然。そうした不安を解消する手段を用意しておかなくては、とても学べるはずもない。

昨今、国内外から外国人技能実習制度に対する強い批判が聞かれるようになった。日本の技術を学ぶとは建て前だけ。体のいい奴隷ではないか、と。思うに監視カメラは本質的な問題ではない。技能実習生たちが働く日本企業、派遣した仲介機関、そして現地の日本社会、それら全てが彼女たちを本当の意味で受け入れていなかったのではないか。彼女たちのことを考えていなかったのではないか。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スウェーデン、バルト海の通信ケーブル破壊の疑いで捜

ワールド

トランプ減税抜きの予算決議案、米上院が未明に可決

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、2月50.2で変わらず 需要低

ビジネス

英企業、人件費増にらみ雇用削減加速 輸出受注1年ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 9
    ハマス奇襲以来でイスラエルの最も悲痛な日── 拉致さ…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story