コラム

EU離脱か残留か 翻弄される英国民の今

2019年03月13日(水)17時24分

3月12日、英下院ではメイ首相の新協定案が否決された(撮影筆者)

英国の欧州連合(EU)からの離脱予定日(29日)を間近に控え、昨年11月にメイ首相とEU側が合意した、離脱条件を決める「離脱協定案」修正版が、12日、下院で大差で否決された。1月中旬に否決された、修正前の協定案ほどには差が開かなかったものの、2度も否決された上に代案がまとまっておらず、議会の混迷が深まっている。場合によっては、「離脱なし」あるいは、離脱条件を決めずに離脱する「合意なき離脱」の可能性も否定できない。

前回の離脱協定案は下院(定数650)の賛成が202、反対が432(その差は230)。今回は賛成242、反対391(同149)だ。

「バックストップ」が問題に

当初案で大きな問題になったのが、北アイルランドを保護するための「バックストップ(安全策)」だ。

北アイルランドとアイルランド共和国は地続きになっている。今は歴史的な経緯や英国もアイルランドもEU加盟国なので、国境検査がない。しかし、いったん英国がEUを離脱してしまえば、EUの関税同盟や単一市場という仕組みが英国には適用されなくなるから、国境検査が必要になる。

もし国境検査が再開したら、1960年代から続いた「北アイルランド紛争」(プロテスタント教徒とカトリック教徒の住民同士による紛争。1998年の「ベルファスト合意」で和平実現)が再発するのではないかという危惧がある。(詳しくはこちらをご参照 EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド

そこで、通常の国境検査を設けないようにするには、どうするか?と頭を絞って考えだされたのが、バックストップである。

例えば、政府案(当初案)では離脱までの「移行期間」(2020年12月31日まで。延長可能)の終了までに長期的な通商関係がまとまらない場合は、緊急措置として、EUとの間に一時的な一種の関税同盟を結ぶと同時に北アイルランドのみは単一市場参加により近い状態に置く。

しかし、この時、問題視されたのが、このバックストップを解消したい場合、「双方の合意が必要」としている点だ。もし英国側が解消したいと思っても、EUが「ノー」と言えば、抜けられない。「永遠に」EUのルール(一種の関税同盟や単一市場)に従うことになりかねない。

EU側もメイ首相も、「これはあくまで、緊急策だから、通常は適用されない」と繰り返しても、与党保守党内の離脱強硬派が大反対。

プロフィール

小林恭子

在英ジャーナリスト。英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。『英国公文書の世界史──一次資料の宝石箱』、『フィナンシャル・タイムズの実力』、『英国メディア史』。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数
Twitter: @ginkokobayashi、Facebook https://www.facebook.com/ginko.kobayashi.5

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米自動車関税、年6000億ドル相当対象 全てのコン

ビジネス

米、石油・ガス輸入は新たな関税から除外=ホワイトハ

ワールド

トランプ米大統領の相互関税、日本は24% 全ての国

ビジネス

米関税強化、新興国社債の36%に「重大な」影響
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story