コラム

民主的統制か国益か――岸田首相のキーウ訪問を実現する「打開策」

2023年03月06日(月)18時25分

岸田首相のキーウ訪問は実現するか REUTERS-Stanislav Kogiku/Pool

<ウクライナ戦争開始後、G7で唯一トップがキーウを訪問していない国になった日本。議長国である広島サミット前の訪問実現が岸田首相の喫緊の課題だが、開会中の国会が「足枷」になっている。だが打開策はある>

いま国会で、岸田文雄首相によるキーウ訪問が焦点の1つになっている。

2月20日にバイデン米大統領がキーウを電撃訪問し、21日にはメローニ伊首相も訪問している。ウクライナとの「距離(感)」は同じとは言えないが、G7加盟国で日本だけが首脳訪問を実現できていない。ウクライナ侵攻から1年となる24日に開催されたG7首脳テレビ会議でゼレンスキー大統領は改めて、岸田首相の訪問を歓迎すると述べた。日本が議長国となるG7広島サミットではウクライナ危機対応が主要議題になる。開催まであと2カ月だ。

これまでにも、国会閉会中のタイミングでウクライナを訪問する試みがあったと言われているが、実現に至っていない。1月22日には読売新聞が「2月中の訪問を目指して官邸が本格的な検討に入った」とするスクープ記事を掲載し、2月24日を想定したとされている電撃訪問プランは「情報漏洩」の結果、幻に終わった。

問題をややこしくしているのは、国会開会中に首相や閣僚が海外に出張する場合、議院運営委員会(議運)理事会に官房副長官が事前に報告し、理事会の了承を得るのが国会の慣例とされているからだ。戦地に赴く首脳の日程をわざわざ詳らかにするような「事前報告」と「了承」が必要か、それとも保秘を優先させて「事後的な報告」で構わないのかという点に注目が集まっている。

憲法63条後段は、閣僚に国会審議への「出席義務」を課している。首相や閣僚は「答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない」とされ、国会法71条は「委員会による大臣等の出席要求権」を規定している。

戦前の大日本国帝国憲法は、大臣の出席を政府側の「権利」として規定していた。しかし、戦後の日本国憲法では、「全国民の代表」としての議員が内閣にその施策を問いただす「監督」(民主的統制)の実効性を確保することを狙いとして、大臣の出席は権利にとどまらず「義務」として規定された。議院内閣制の本質を構成する「義務」であり、その意味は決して軽いものではない。

そこで、会期中に首相・閣僚が国外出張(外遊)する場合、首相や大臣の不在は審議日程に影響を及ぼすために、議運理事会の「了承」をその都度得るという国会慣行が維持されてきた。このこと自体は妥当であろう。

実際に了承を得られなかった例もある。例えば2018年7月、安倍晋三首相(当時)はベルギーを訪問し日本EU経済連携協定(EPA)に署名した後、フランスでマクロン大統領(当時)と会談、その後にサウジアラビア・エジプトを訪問する予定を立てたが、予算委員会集中審議開催を要求していた野党が衆議院議運理事会で反対。法的拘束力がある訳ではないので外遊の強行は可能だったが、同時期に西日本を中心とする集中豪雨で甚大な被害がもたらされ、安倍政権は「災害対策に万全を尽くす」として首相外遊を中止した。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾道ミサイル発射と米当局者 ウクライ

ワールド

南ア中銀、0.25%利下げ決定 世界経済厳しく見通

ワールド

米、ICCのイスラエル首相らへの逮捕状を「根本的に

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story