コラム

民主的統制か国益か――岸田首相のキーウ訪問を実現する「打開策」

2023年03月06日(月)18時25分

条約締結すら「事後承認」が認められるなら......

この例に限らず、これまで首相・大臣の会期中海外出張は、その必要性の判断に加えて、「国対政治」の観点から問題とされることが続いてきたとも言える。しかし今回のキーウ訪問は、「戦地における日本国首相の安全確保」という戦後日本が初めて直面する国家安全保障上の問題が絡む。守秘の徹底は必須の要請とも思える。そこで、議運の了承は「事後」であっても許容されるかという点が焦点となっているのだ。

事後了承と言えば、国会では「条約の承認」について議論が蓄積されている。内閣が行う「条約の締結」は、原則として「事前」に、「時宜によっては事後」に国会承認が要求される(憲法73条3号)。そもそも国会承認が必要となるのは、法律・財政・重要事項にかかわる国際約束に限定されており、それ以外の行政取極は承認が不要と解されている。

では、条約の承認が要求される場合における「時宜によっては事後」とは、どのような意味合いか。この点について、羽田孜政権下の1994年5月に開かれた衆議院予算委員会で、保利耕輔議員の質問に対して大出峻郎内閣法制局長官が次のように答弁している。

「緊急を要して国会の承認を得る余裕がないような場合など合理的な理由がある場合においては、条約の締結後に国会の承認を得ることとしてもよいということを定めたものであるというふうに理解をいたしておるわけであります」(第129回国会衆議院予算委員会第9号平成6年5月25日)。

つまり、条約の締結について、原則的には「事前」の承認が必要だが、緊急性のある場合など「合理的な理由」が認められる場合は「事後」の承諾も許容されるという説明だ。

これを敷衍して、条約ですら緊急性・合理性の認められる場合は「事後承認」でも構わないとされている以上、そもそも国会承認事項にあたらない「外交関係の処理」としてのキーウ訪問については、議運の事後承認でも許容されると考えるべきか、それとも、内閣に対する監督(民主的統制)の実効性確保という憲法上の原則を重視し、あくまでも事前承認を要求すると考えるかは、実はちょっとした難問だ。それは、実質的な観点から考えるか、形式的な枠を重視するかという問題でもある。

外務大臣が国会審議に張り付きになり肝心の外交交渉が不十分になる問題は河野太郎大臣などによって度々指摘されてきた。また、3月1日には林芳正外相が参議院予算委員会に出席するために、インドで開かれたG20外相会合出席を断念したことも問題視された(3日のQUAD外相会合には参加できたが)。

国益の実質的確保という見地からは、閣僚の出席義務を柔軟に解釈することが必要だ。と同時に、議院内閣制における監督という観点からはやはり、議運での了承手続という大枠を維持することも同じように重要だろう。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相、中国首相と会話の機会なし G20サミット

ワールド

米の和平案、ウィットコフ氏とクシュナー氏がロ特使と

ワールド

米長官らスイス到着、ウクライナ和平案協議へ 欧州も

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナゾ仕様」...「ここじゃできない!」
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】いま注目のフィンテック企業、ソーファイ・…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story