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二階幹事長「他山の石」発言の本当の問題点
ここで、「他山の石」の出典となった『詩経』を確認してみよう。『詩経』は中国最古の詩集で四書五経の一つ。国風・雅・頌の三編からなるが、「他山の石」は雅(小雅)の「鶴鳴」に登場する。次のような内容だ。
鶴鳴于九皐 聲聞于野
魚潜在淵 或在于渚
樂彼之園
爰有樹檀 其下維擇
佗山之石 可以為錯
鶴鳴于九皐 聲聞于天
魚在于渚 或潜在淵
樂彼之園
爰有樹檀 其下維穀
佗山之石 可以攻玉
故白川静・立命館大学名誉教授によれば、その意味は、
「澤深く 鶴が鳴き その声が野に透る 魚は淵にひそみ 時に渚に遊ぶ 樂しい園に 樹(う)えた檀がある その下には落葉 他山の石も 我が玉を磨くべきぞ
澤深く 鶴が鳴き その声が天に透る 魚は渚に遊び 時に淵にひそむ 樂しい園に 樹えた檀がある その下には楮(こうぞ) 他山の石も 我が玉を磨くべきぞ」
というものだ(東洋文庫『詩経雅頌1』(白川静訳注)平凡社1998、130-132ページ)。
鶴鳴(かくめい)は、明治期文明開化の象徴とされた鹿鳴館(現・千代田区内幸町)の鹿鳴(ろくめい:宴会の意)ほど有名ではないが、野や天に鶴の声が通ること。鶴の姿は見えないことが多いので、才能があるが世間から認められていない賢者を例えて「鶴鳴之士」とも言う。楮は梶の木(クワ科)の植物で、この詩では雑木の意味だ。「錯」は砥石、「攻玉」は玉を磨き切磋すること。ちなみに「檀」は香木の名前で、「まゆみ」と読む。
白川静によれば、「詩意の明らかにしがたいところがあるが、他山の石を以て切磋することをいうのは、教誨の旨と解してよい」とされている。教誨(きょうかい)とは、刑務所の教誨師と同じで「教え諭す」という意味であり、単に自然の美を謳い上げた祭事詩にとどまらず、教訓を記した詩ということだ。
つまり、「他山の石」はやはり「人の振り見て我が振り直せ」という教訓に限りなく近い意味を持つというべきであり、このような『詩経』の原義に忠実であるならば、「他」とはまさしく「他の人」(自分以外の人)と解するべきということになろう。
とすると、今回の二階幹事長発言は少なくとも言葉の意味としては正しいと思われるが、いかがであろうか。
なお、「他山の石」について、「在野の賢人を迎え入れる」意味だとする解釈や、新婚を祝福する句だとして「嫁ぎし他国の娘も、玉を磨く砥石のごとく立派な妻となろう」とする解釈もある(『新釈漢文大系111 詩経 中』石川忠久著、明治書院1998、269ページ)。
当事者意識を持って説明・再発防止できるか
とはいえ、河井前法相夫妻による買収原資となった1億5000万円の実態解明という点で、国民の納得が得られる説明はいまだ尽くされていないことも事実だ。今回の幹事長発言は、「他山の石」という言葉の解釈が正しいかどうかが本質なのではなく、正しい意味の用法であったとしても国民から批判を浴びてしまうという、その政治状況こそが本質的な問題だ。
河井前法相は3月25日に発表した所感で、「皆様の信頼を裏切ってしまったこと、万死に値すると考えます。お金で人の心を「買える」と考えた自らの品性の下劣さに恥じ入るばかりです。この度の件については、裁判の場で誠心誠意丁寧に説明責任を果たして参る所存です」と述べている。
今回の選挙買収事件は民主政の手続的正当性という根幹を揺るがすものだ。買収資金の出所詳細も含めて、事件の実態を解明することが必要であり、河井夫妻の冷徹な切り捨てで終わりということにはなるまい。「政治とカネ」を巡る問題が相次いでいる。自民党は当事者意識をもって丁寧に説明責任を果たした上で、再発防止策を具体化しない限り、今回の事件を「他山の石」とすることは難しいだろう。
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