コラム

原点は「ナチスの純血思想」...オーストリアで自由党が第1党に 今や「極右」は欧州政治の主流に

2024年10月01日(火)19時19分
オーストリアの第1党となった極右・自由党のキクル党首

オーストリア自由党のキクル党首 Leonhard Foeger-Reuters

<オーストリアの国民議会選挙で、移民に対する国民の不安を煽ってきた「極右政党」自由党が戦後初めて第1党に躍進した>

[ロンドン発]9月29日投票が行われたオーストリア国民議会(下院)選で極右政党の自由党が初めて第1党に躍進した。過半数に届かず、2位の中道右派・国民党が連立に応じるかが焦点。親露の自由党は隣国ハンガリーと緊密に連携しており、ウクライナ支援への影響も懸念される。

定数183議席、投票率78%。

開票結果は自由党56議席(得票率28.8%、25議席増)、カール・ネーハマー首相の国民党52議席(同26.3%、19議席減)、中道左派・社会民主党41議席(同21.1%、1議席増)、NEOSは18議席(同9.2%、3議席増)、緑の党16議席(同8.3%、10議席減)の順だ。

オーストリアで極右政党が第二次大戦後、第1党になるのは初。自由党のヘルベルト・キクル党首は「今日、私たちは新しい時代の扉を開いた。今こそオーストリアの歴史に新たな章を共に書き加える時だ」と勝利宣言した。国民党が社会民主党との連立を模索する道も残されている。

移民激増で民族の危機意識が高まったオーストリア

自由党は激増する移民への不安、高インフレ、ウクライナ支援の是非、コロナ対策に対する国民の不満を煽って支持を広げた。連立与党の国民党と緑の党は惨敗した。オーストリアの人口の27%は本人または片方の親が外国生まれといった移民背景を持ち、民族の危機意識が高まる。

近年、特にシリアやアフガニスタンの紛争から逃れてきた難民からの大量の難民申請があり、移民政策に関する国民の議論が沸騰。反イスラムの自由党は難民申請の保留、却下者の国外追放、国境警備の強化、強制送還で移民を規制する「要塞オーストリア」計画を唱える。

ウクライナ戦争で欧州連合(EU)は対露制裁を厳格化したが、オーストリアは現在もガス輸入量の83~98%をロシアに依存する。しかもオーストリアの公益企業は2040年まで続くロシア企業ガスプロムとの契約によりロシアから大量の天然ガスを購入しなければならない。

戦後オーストリアは「ドイツの一掃」に努める

国内でEU政策への反発が強まる中、自由党はロシア産天然ガスの価格は手頃なためエネルギーミックスの一部として残すべきだと主張。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に近いハンガリーのオルバン・ビクトル首相と歩調を合わせてきた。

戦後オーストリアがナチスやドイツの影の一掃に努める中、自由党は1956年、元ナチス党員や汎ゲルマン主義者を中心に結党された。反移民、欧州懐疑主義、ナチス時代の政策を称賛する故イェルク・ハイダー党首(任期86~2000年)の下で党勢を広げた。

2000年に自由党が国民党との連立で政権入りした際には国際的非難が巻き起こり、EU諸国が一時的に外交制裁を発動した。17年にも国民党主導で連立政権を樹立している。主に裏方を務めてきたキクル氏はハイダー氏のようなカリスマ性に欠けるが、その毒舌ぶりで人気を集める。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story