コラム

ロシアの「弱さ」思い知った旧ソ連諸国...「力の空白」で周辺地域が一気に不安定化

2022年10月20日(木)12時00分

作戦はロシア軍がウクライナ北東部ハルキウから屈辱的な撤退を強いられた直後に実行された。ロシアは2国間防衛条約と集団安全保障条約(CSTO)に基づきアルメニア国内に基地を置いており、同国が第三国に攻撃された場合、集団防衛の義務を負っている。ロシアはアルメニアから支援要請があったものの仲裁できず、代わって外交を展開したのは米欧だった。

「2020年のナゴルノ・カラバフ紛争で圧倒的勝利を収めて以来、アルメニアに対しアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領は交渉と武力を織り交ぜた『強圧外交』を行ってきた」と、欧州のシンクタンク、カーネギー・ヨーロッパのトーマス・デ・ワール上級研究員は同国幹部の言葉を紹介している。

安全保障の保証人としてロシアは見切りをつけられた

デ・ワール研究員によると、アリエフ大統領は(1)アルメニアがナゴルノ・カラバフの領有権を放棄する「平和条約」を締結させる(2)アルメニアとの国境をアゼルバイジャンの都合の良いよう画定する(3)アルメニア領土を横断する「ザンゲツール回廊」構想を実現する――という3つの目標を掲げていたという。本当に「和平」は可能なのか。

CSTOは今年1月、ロシア指揮下の部隊を「平和維持」のため加盟国カザフスタンに兵を送り、200人以上が死亡した危機「血の1月」を鎮めるのに貢献した。ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン6カ国でつくる「プーチン版NATO(北大西洋条約機構)」と呼ばれるCSTO初の集団的自衛権行使だった。

しかしウクライナ侵攻でプーチン氏に協力したのはCSTOの中ではベラルーシのみ。ロシア依存度が高いアルメニアは「地域安全保障の保証人」としてロシアに見切りをつけ、米欧に支援を求めている。したたかなアリエフ大統領はアルメニアだけでなく、その背後にいるロシアにも狙いを定め、大規模攻撃に踏み切ったとの見方も有力だ。

キルギスは9月、同じCSTO加盟国タジキスタンとの国境紛争がエスカレートし、約100人が死亡した。プーチン氏70歳の誕生日(10月7日)、サンクトペテルブルクで開かれた旧ソ連諸国の「独立国家共同体」(CIS)非公式会合に、キルギス大統領は突然欠席し、代わりに電話で祝辞を伝えた。プーチン氏がタジキスタン大統領に勲章を与えたためと言われる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story