コラム

一番なついていた犬はロシア兵に銃殺され...「700匹の命」を守る「シェルターの母」

2022年06月14日(火)18時10分

2000年シェルターは開設された。しかし「最初、寄付は全く集まりませんでした。ゴミ捨て場から使えそうなものを拾ってきて牛舎を動物シェルターに改造したのです」。ウクライナがまだソ連の一部だった頃、ロケットサイエンティストとして潜水艦発射型ミサイルの開発・製造に関わったバレリさんが大工仕事を手伝ってくれた。

220614kmr_ura04.jpg

シェルターの犬はアーシャさんによくなついている(筆者撮影)

街をさまよう野良犬は危険だと衛生当局はメディアを使って情報を操作する。2012年にウクライナとポーランドがUEFA欧州選手権を共同開催した際、野良犬は捕獲され、殺処分にされた。野良犬を捕獲すると1匹につき40ユーロ(約5600円)近くが支払われた。キーウだけで1年間に1万5000~2万匹の犬が殺処分にされたと言われている。

しかし、この悲劇をきっかけに国際社会から動物愛護の声が集まり、アーシャさんのシェルターに寄付が集まるようになる。キーウの大学でマネジメントを修了し、祖母を手伝うマーシャ・ブロンスカさん(24)は「アーシャはとても強い女性です。常に心の声に従って行動する。『ここはシェルターだから出ていきなさい』とロシア兵を追い返そうとしました」と振り返る。

取り残された隣家の雌ライオン

アーシャさんのシェルターの隣家ではヤギやニワトリ、ブタ、カラス、犬、猫のほかアライグマやクジャク、雌ライオンまで飼われていた。砲撃で隣家から炎と煙が上った。飼い主は負傷して病院に運ばれ、飼育係は死亡した。アーシャさんらは隣家から動物を救出した。しかし、いくら探してもライオンの檻だけカギが見つからない。

220614kmr_ura05.jpeg

アーシャさんたちが世話した雌ライオン(マーシャさん提供)

雌ライオンはまだ若く、それほど大きくなかった。性格も大人しかった。ロシア軍がホストメリを占領していた約5週間、アーシャさんらは雌ライオンに水やドッグフードを与えるため通い続けた。しかしロシア軍はウクライナ軍の反撃を食い止めるため檻の周囲に地雷を埋設した。陣地を作るためだ。雌ライオンは5~6日もの間、水もエサも与えられなかった。

ローテーションでロシア兵が交代したのを見計らってアーシャさんと2人の女性職員が「地雷を埋めるなら、私たちの代わりにライオンに水とエサをやって」と申し出た。袖の下としてタバコを2箱渡した。ロシア兵は地雷を爆発させ、アーシャさんたちが雌ライオンに水やエサをやりに行けるようにした。

3月30日の朝、ロシア兵はシェルターを徹底的に捜索し始めた。ウクライナ軍に連絡する携帯電話を隠していないかどうか調べるためだった。劣勢になったロシア軍はホストメリから撤退する準備を急いでいた。夕方、戻ってきたロシア兵は激怒していた。「携帯電話を隠しているだろ。誰が持っているか白状しないと、足を撃ち抜くぞ。1、2、3...」と数え始めた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story