コラム

中国「中央統戦部」の女スパイが英議会に深く入り込んでいる──MI5が前代未聞の警告

2022年01月14日(金)11時23分

問題のリー氏は在ロンドンの事務弁護士で、在英中国大使館の首席法律顧問、国務院華僑事務弁公室の法律顧問、中国海外友好協会、下院超党派中国グループの幹事を務めたイギリスにおける中国人コミュニティーの代表的存在だ。しかし、その裏で中央統戦部と協力して元超党派議員グループなどを通じ英政界に影響力を行使していた。

労働党前党首の側近に7800万円の献金

中国共産党の意向を受け、リー氏は現役議員や政治家の卵への献金を斡旋。献金は出所を隠すため秘密裏に行われていた。英紙によると、最大野党・労働党のジェレミー・コービン前党首に近いバリー・ガーディナー下院議員に50万ポンド以上(約7800万円)を献金していた。リー氏の子供はガーディナー下院議員の事務所で働いている。

リー氏側から労働党の他の組織にも数十万ポンド、自由民主党にも5千ポンド(約78万円)を献金していたほか、与党・保守党ともつながりを持ち、「英中黄金時代」を宣言したデービッド・キャメロン首相(当時)と良好な関係を築いていたとされる。リー氏はその後、テリーザ・メイ首相(同)から表彰されている。

前出のガーディナー氏は中国企業の原発建設計画への参画に理解を示すなど中国に有利な発言を行ってきたが、この日の声明で「リー氏については何年も前からMI5と連絡を取り合っており、私からも十分説明してきた」と釈明した。MI5の警告を受け、全下院議員は中国人や中国企業の接近や献金について注意するよう促された。

イギリスは欧州連合(EU)離脱を選択した16年の国民投票で当時のキャメロン首相が辞任するまで親中路線をとっていた。地理的に遠く離れた中国は欧州諸国にとって安全保障上の脅威ではなく、経済的に大きな機会だった。ドナルド・トランプ前米大統領が貿易問題やコロナ危機であからさまに中国を攻撃するようになってから欧州の風向きも変わった。

中国は気候変動並みの脅威

しかし共著『隠れた手 いかに中国共産党が新しい世界を形作るか』で中国の影響力ネットワークを暴いた中国研究者マハイケ・オールベルク氏はイギリスの親中ビジネスリーダーや政治エリートの集まり「48グループ・クラブ」は中国政府によって育成されていると指摘した。中国の「隠れた手」はあらゆる所に張り巡らされているのだ。

史上最年少の40代でMI5長官に就任したケン・マッカラム氏は20年10月、中国とロシアの脅威を比較して「ロシアは悪天候だが、中国は長期的にはるかに大きな問題であり、気候変動のようなものだ。政治にも干渉し始めている」と警鐘を鳴らしている。中国の情報活動は気候変動のように日本にも押し寄せていることは疑いようがない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課

ワールド

ブラジル大統領、米が関税賦課なら報復の構え

ワールド

米旅客機空中衝突事故、生存者なしか トランプ氏は前
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story