コラム

欧州でロシアの工作活動が冷戦期並みにエスカレート 

2021年08月13日(金)15時03分
在独英大使館

ベルリンにある在独英大使館はイギリス外交の重要拠点だ Fabrizio Bensch-REUTERS

<在独英大使館で働くイギリス人が逮捕された。ロシアに情報を売り渡していた容疑だ>

[ロンドン発]ロシアに情報を売り渡していたイギリス人スパイはハゲ頭でずんぐりむっくりした体型で、自宅本棚にはジョン・ル・カレの『高貴なる殺人』やデービッド・ アイクの陰謀論、ナチス・ドイツの武装親衛隊に関する書籍、ロシア軍グッズが置かれていた──。

ドイツとイギリスの警察当局は8月10日、昨年11月以降、現金を受け取ってロシア諜報機関に協力していたとしてベルリンのイギリス大使館で働くイギリス人のデービッド・スミス容疑者(57)を逮捕した。KGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のウラジーミル・プーチン大統領のもとロシアのスパイ活動は冷戦期のピーク並みにエスカレートしている。

大使館の警備を担当していたスミス容疑者は高度な機密文書にはアクセスできず、ロシア側に流していたのはテロ対策に関する文書だったとされる。ロンドン警視庁の発表によると、ドイツとの合同捜査の結果、ドイツ当局にスミス容疑者は逮捕された。ロンドン警視庁も英政府の有する秘密を漏洩した公務秘密法違反容疑で捜査している。

英大衆紙サンは、スミス容疑者が極右の傾向を持っていることから、ロシアのスパイに脅されたのではないかとの見方を示している。

2006年に元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏(当時44歳)がロンドンのホテルで紅茶に放射性物質ポロニウム210を入れられ、毒殺された事件以来、イギリスとロシアの関係は最悪だ。

18年には英イングランド南西部ソールズベリーでロシアの元二重スパイと娘が兵器級の神経剤ノビチョクで暗殺されそうになる事件が発生。元二重スパイ宅に駆けつけた捜査員が意識不明の重体になり、ノビチョク入り香水瓶を拾った男性も重体、手首にふりかけたパートナーの3児の母親は死亡した。

海外で活動する露スパイ組織は少なくとも3つ

ドイツの防諜機関、独連邦憲法擁護庁(BfV)のトーマス・ハルデンワン長官は今年6月、独日曜紙ヴェルト・アム・ゾンタークに「ロシアのスパイ活動は冷戦時代と同じくらい活発になっている。クレムリンはほぼすべての政策分野でドイツに関心を持っている。活動を大幅に増やしたと認識している」と語っている。

現在、海外で活動するロシアのスパイ組織は少なくとも3つある。KGBの主要後継機関であるFSB、対外諜報庁(SVR)、連邦軍参謀本部情報総局(GRU)だ。活動の方法はより手荒に、手段はより残忍になっている。欧州におけるロシアの諜報活動は今年に入って一段と過熱している。ソールズベリーの元二重スパイ暗殺未遂の実行犯2人は GRU の特殊部隊29155部隊に所属しており、チェコの 爆薬庫爆発にも関与していた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story