コラム

英変異株の感染力を50%上回るインド変異株の脅威 英の正常化に遅れも ワクチン遅い東京五輪に赤信号

2021年05月15日(土)21時00分

ベルギーのルーベン・カトリック大学のトム・ウェンセリアーズ教授(生物学・生物統計学)がウエルカム・サンガー研究所のデータをもとにイングランドの9地域でどれだけ急速にインド変異株(ピンク色、B.1.617.2)が広がっていくかを予測し、ツイートしている。


インドでのインド変異株(同)の広がりを見てもいかに感染力が強いかが一目瞭然だ。


イギリスでは政治の手抜かりで死者15万人を超える欧州最大の被害を出した。ライフサイエンス分野の科学者や全市民に無償で医療を提供するNHS(国民医療サービス)の努力でワクチンの迅速な開発と展開、変異株の探知に成功し、正常化に向け着実に歩みを進めてきた。しかし未知のウイルスに根拠のない素人の楽観ほど恐ろしいものはない。

kimura2021052603.jpg
ハートに書かれた名前や年齢を見ると涙がこみ上げてくる(筆者撮影)


SAGEが警告するようにインド変異株が大流行し、第2波のピークを超える入院患者が発生したら、犠牲者はさらに膨れ上がるのは必至だ。ロンドンを流れるテムズ川沿いにある「白衣の天使」ナイチンゲールゆかりのセント・トーマス病院の壁には犠牲者一人ひとりを悼む小さなハートが描かれている。筆者より若い命もたくさんある。

ジョンソン首相はインド変異株による入院患者の増加など医療が逼迫する兆候が見られたら即座に立ち止まり、後退する勇気を持つべきだろう。幸いにも筆者は生き残り、2回のワクチン接種を済ませたが、もうあんな悲劇は繰り返してほしくない。ステップ2(屋外営業)に戻ったり、ステップ2とステップ3の間の対応を設けたりすることもできるはずだ。

kimura2021052604.jpg


英ではコロナ対応を検証する調査委設立

イギリスではコロナ対策に落ち度はなかったかを検証する調査委員会が来年設けられる。2024年に予定される次期総選挙をにらみ、調査の開始時期や調査結果の公表時期を巡り早くも政治的な駆け引きが行われている。コロナ危機が終わったと考えるのは時期尚早だ。しかし人命を尊重する立場からは一日も早い検証と公表が求められよう。

7月の東京五輪開催が迫る日本では高齢者へのワクチン接種は1日最高9万回近くに達したものの、1回目の接種を終えたのはまだ66万人弱。それに対して入院患者は1万6620人、宿泊療養者は1万328人、自宅療養者は3万4537人にのぼり、病院からは「医療が崩壊する」と悲鳴が上がる。

日本は、通常株より最大70%感染力が強い英変異株に苦しめられている。その英変異株よりさらに最大50%感染力が強いインド変異株がインドで猛威をふるい、イギリスで流行し始めている。日本政府は今月12日、インド、パキスタン、ネパールに直近で滞在歴のある外国人について入国を原則拒否すると発表し、水際作戦を強化した。

日本国内でインド変異株が流行する兆候が少しでも見られたら、菅義偉首相は東京五輪の開催について科学者の声に耳を傾け、再検討する勇気を持たなければなるまい。ワクチンの展開が遅々として進まない日本で英変異株より感染力が強いインド変異株が大流行したら医療現場は完全に崩壊してしまうだろう。


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story