コラム

がら空きのコロナ予防接種センター、貴重なワクチンは余って山積み──イギリスに負けたEUの失敗

2021年02月26日(金)20時57分

2月18日には先進7カ国(G7)オンラインサミットに合わせて英紙フィナンシャル・タイムズに「欧州とアメリカは緊急に、自分たちのワクチンの最大5%を途上国に回すべきだ」と訴えたものの、ジョー・バイデン米大統領に完全にスルーされた。自国のワクチン接種が終わらないのに他国に回す余裕がどこにあると言うのだろう。

仏バイオテクノロジー企業サノフィと英製薬大手グラクソ・スミスクラインは昨年12月、ワクチン候補の臨床試験で高齢者の免疫反応が十分に得られなかったとして供給計画を今年末に延期した。狂犬病ワクチンの開発で世界的に有名な仏パスツール研究所に至ってはコロナワクチンの開発を断念した。

フランスがワクチン開発に出遅れた理由はmRNAなど最先端テクノロジーに慎重だったことや、AZワクチンを開発したオックスフォード大学ジェンナー研究所のようにワクチンを製造できる自前の施設を持っていなかったこと、開発資金不足や臨床試験の遅れなどが挙げられる。

要するにフランスは、昨年12月中旬の時点で124億ドル(約1兆3150億円)をつぎ込んだアメリカの「ワープ・スピード作戦」や、10年かかったワクチン開発の期間を10カ月(300日)に短縮したイギリスのようなエコシステムを構築できなかったのだ。

一方、イギリスのボリス・ジョンソン首相はワクチンの開発スピードを300日から100日に短縮する大胆な計画をぶち上げている。

AZワクチンを叩くドイツ

1月25日、ドイツの大衆紙ビルトと経済紙ハンデルスブラットは「AZワクチンの65歳以上への有効性はわずか8%」と報じたが、独政府が被験者に占める56~69歳の割合の8.4%をわざと取り違えて"裏ブリーフィング"した疑いが浮上している。

独ロベルト・コッホ研究所予防接種常任委員会は65歳未満にのみ接種すべきだと勧告し、イェンス・シュパーン独保健相も「高齢者のデータは十分ではなく、承認は限定的だ」と強調した。その結果、145万回分のAZワクチンのうち接種されたのは27万回分だ(米紙ニューヨーク・タイムズ)。

AZワクチンだけを接種するベルリンのテーゲル予防接種センターでは、1日に3800人の予約が入っているのに実際に接種を受けに来るのは約200人に過ぎないと報じられている。米ファイザー製ワクチンはドイツのバイオ製薬ベンチャー、ビオンテックが共同開発していることも、ドイツのAZワクチン忌避に拍車をかけているのかもしれない。

対応を迫られたアンゲラ・メルケル独首相は「ワクチンが現在のように不足している限り、何を予防接種するかを選択することはできない」と訴えたものの、66歳であることを理由に自らはAZワクチンの接種を否定した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story