コラム

がら空きのコロナ予防接種センター、貴重なワクチンは余って山積み──イギリスに負けたEUの失敗

2021年02月26日(金)20時57分

フランスやドイツがAZワクチンの有効性にあらぬ疑念を唱えているのは、EUを離脱したイギリスでワクチン開発や接種が順調に進んでいることを快く思っていないからだ。EU離脱は失敗に終わらなければならない、そうでなければEU懐疑派のポピュリストが勢いづく――という懸念が背後に見え隠れする。

イギリスは女王が「接種しても大丈夫だったわ」

しかし、その代償は大きい。英紙ガーディアンの集計によると、EU27カ国に配布された613万4707回分のAZワクチンのうち484万9752回分が使用されずに山積みになっている。

マクロン大統領はG7で「ワクチンの最大5%を途上国に回せ」と呼びかける前に、自らがホコリをかぶらせる原因を作ってしまったAZワクチンを途上国に回した方がいいのではないか。 43歳のマクロン大統領は「もしAZワクチンを接種する機会が与えられたら、もちろん接種する」と国内向けにとりなしてみたものの、時すでに遅しだった。

AZワクチンは2月15日、世界保健機関(WHO)でもすべての成人に対する緊急使用が認められた。2回の接種間隔は8~12週間という。安価で配布が簡単なAZワクチンは途上国でも展開しやすい。フランスやドイツの主張は自分でEUの評判を落としたようなものだ。

仏世論調査会社Ipsosの15カ国調査によると、コロナワクチン未接種者に「ワクチンを接種するか」と質問したところ、「接種する」という回答はイギリスでは89%にのぼったのに対して、フランスは57%だった。ドイツも68%と低い。

kimurachart2.jpg

ワクチンを積極的に受けようという回答が多い国は基本的にワクチンの集団予防接種による「集団免疫」の獲得を目指している。

イギリスでは学校教育や原則無償で医療を提供するNHS(国民医療サービス)を通じてワクチンを接種するメリットとデメリットの教育・啓蒙活動が徹底されている。高齢のエリザベス女王(94)とフィリップ殿下(99)も1月中に1回目の接種を終えた。

フィリップ殿下は他の感染症で現在、入院中だが、エリザベス女王は2月25日、テレビ電話会議システムを利用したイベントに参加して「接種しても大丈夫だったわ。ワクチン接種の機会を与えられたら他の人のことも考えて接種してね」とイギリスと英連邦加盟国の市民に向けて呼びかけた。

日本のワクチンに対する考え方はイギリスよりもフランスやドイツに近い。フランスやドイツと同じ轍を踏まないよう菅政権には思慮深いワクチン政策が求められている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ロのキーウ攻撃を非難 「ウラジーミル、

ビジネス

米新規失業保険申請6000件増、関税懸念でも労働市

ビジネス

米中古住宅販売、3月5.9%減 需要減退で一段低迷

ビジネス

アメリカン航空、今年の業績見通しを撤回 関税などで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 2
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 3
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 6
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    迷惑系外国人インフルエンサー、その根底にある見過…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story