コラム

英国の危険な賭け 再生産数を頼りに封鎖解除の見切り発車 ジョンソン首相の大罪

2020年05月11日(月)12時15分

この週末、都市封鎖中にもかかわらず、スーパーの中で2メートルの安全距離を守らず、マスクもせずに大声で話す若者たちに筆者はうんざりさせられた。コロナの理不尽なところは原因をつくる人と死亡や後遺症などの害を被る人が異なることだ。

アフリカ・カリブ海系の黒人やバングラデシュ・パキスタン系の死亡率は白人に比べ3~4倍超も高いため、非白人はマスクを着け、道の端を歩いている。白人はわが物顔でジョギングを楽しむ。拙速な封鎖解除はハイリスクグループにとって極めて危険である。

英政府のスローガンは「外出禁止・医療サービスを守れ・生命を救え」から「警戒を怠るな・ウイルスを制御せよ・生命を救え」に転換されたが、スコットランド、北アイルランド、ウェールズは「メッセージがあいまいになる」とスローガンを変えなかった。

英政府は3月23日に外出禁止令を発動して都市封鎖。死者は約3万2000人に達し、欧州最悪となったが、感染は収束に向かい始めている。

防護具の調達を怠った罪

米シアトルの健康統計・影響評価研究所は都市封鎖をそのまま継続すれば6月21日にはイギリスの新たな死者はゼロになると予測する。イタリアやスペインのような医療崩壊はギリギリ免れたものの、死者累計は4万555人に達する見通しだ。

欧州最悪の被害を出した張本人はジョンソン首相。7つ大罪を列挙してみる。

(1)年内に移行期間を終え欧州連合(EU)から完全離脱すると断言するジョンソン首相は中国で死体の山が積み上がっていた2月、コロナ対策の国家緊急事態対策委員会(コブラ)を5回も欠席。中国での大流行を対岸の火事とみなし、ブレグジットを優先させた。

(2)行動計画を発表した3月3日の記者会見で「病院で感染者と握手した」と軽口をたたいて集団免疫の獲得を目指す。

(3)ファーガソン教授に都市封鎖しなければ25万人の死者が出るという報告書を公表されて初めて緩い社会的距離策から都市封鎖に転換。早期に都市封鎖をしておけば死者を2万人以下に抑えられていた可能性がある。

(4)集中治療室(ICU)に運び込まれたジョンソン首相を看護した1人はEU強硬離脱派として散々たたきまくってきたEU移民のポルトガル系看護師だった。

(5)病院に入院できずに自宅で死ぬ患者が8000人を超えるにもかかわらず、首相の地位にあるため専門医の治療をすぐに受けられ、一命を取り留める。

(6)2月に感染防護具の調達を怠り、NHSの医師や看護師150人以上を死なせる。

(7)老人ホームの死者は最大で7500人に達するとみられる(英紙デーリー・テレグラフ)。

ジョンソン政権が封鎖解除を急ぐ最大の理由は英国経済の落ち込みを防ぐためだ。英中銀・イングランド銀行は今年の国内総生産(GDP)は14%も縮小、過去3世紀を見渡しても最悪の大不況になる恐れがあるという。失業率は倍以上の9%にハネ上がるかもしれない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story