コラム

「独自の核保有はあり得ない」とドイツ国防相が完全否定した理由とは──確実に進むアメリカと欧州の離反

2018年03月02日(金)13時06分

NATO首脳会議で演説したトランプ。欧州諸国の分担金負担が足りないと説教して不興を買った(2017年5月、ブリュッセルにて) Jonathan Ernst-REUTERS

[ロンドン発]ドイツのウルズラ・フォンデアライエン国防相(59)が2月28日、母校のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で講演した。イギリスのEU離脱(ブレグジット)交渉が本格化する中、フォンデアライエンは「残念だけど、ブレグジットは止められそうにないわね」と言って、イギリスの学生や欧州大陸からの留学生を苦笑いさせた。

kimura180302-1.jpg
LSEで講演するフォンデアライエン国防相(筆者撮影)

第二次大戦後、軽武装・経済外交を柱にした日本の吉田ドクトリンと異なり、冷戦の最前線に立たされた西ドイツは、イギリスやフランスと同レベルの国防支出を強いられた。しかし、冷戦が終結すると、ドイツは国防費を劇的に削減させた。

kimurachart180302.jpg

EUの単一市場と単一通貨ユーロをフルに活用して貿易黒字を積み上げたため、ドイツの国防費は対国内総生産(GDP)比で1.22%にとどまり、イギリスの2.14%、フランスの1.79%に比べて著しく低下した。

トランプのアメリカはあてにできない

軍事や安全保障への積極的なかかわりを避けてきたドイツは大きな転換点を迎えている。「北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れ。欧州加盟国はもっと負担を」とアメリカのトランプ政権から突き上げられ、イギリスのEU離脱が避けられなくなってきたからだ。

かつてはアンゲラ・メルケル独首相の有力後継者と取り沙汰されたフォンデアライエンは7児の母親としても知られる。

講演では真っ先に、ナチス・ドイツを撃破したウィンストン・チャーチル英首相が1946年、チューリッヒ大学で「私たちは欧州合衆国を築き上げなければならない。フランスとドイツのパートナーシップがその第一歩になる」と宣言した有名な演説を引用した。

メルケル首相は「私たちが他国に完全に頼れる時代はある程度、終わった。欧州は真に自らの運命を私たちの手に取り戻さなければならない」と欧州の自立を唱えている。EUが、兵器の共同開発・調達、域外派兵や訓練を通じて防衛協力を強化する新機構「常設軍事協力枠組み」(PESCO)を設けたのもその流れの中にある。

ドイツ国内ではアメリカ軍の戦術核(地理的に使用範囲が限られている核兵器)に頼るのではなく、独自の核抑止力を保有すべきだという過激な意見も飛び出すようになった。トランプのアメリカはもうあてにはできないというわけだ。

フォンデアライエンは会場からの質問に、ドイツが独自の核兵器を開発・保有するという選択肢を「あり得ない」と完全に否定した。ドイツの外交・安全保障政策はフランス・ドイツ関係に軸足を置くか、アメリカとの同盟関係を優先するかの間で常に揺れてきた。ドイツが独自核を追求すれば、欧州に対するアメリカのコミットメントは完全に後退する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story