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プーチン大統領のストリート・ファイト戦略に翻弄される欧米諸国
今年3月、ロシア国営TVが制作した特別番組のインタビューでウクライナ危機への対応について「核戦力を臨戦態勢に置いたということか」と尋ねられ、プーチンは「その用意はあった」と答えた。ヒル女史は「いざとなれば『ダーティ・ボム(汚い爆弾)』や戦術核(射程1千キロ以内の軍事目標の破壊を目的とする核兵器)の使用もプーチン氏は辞さないことを考慮に入れておく必要がある」という。
ロシアにとってプーチンだけが唯一絶対の正統性を持った権力である。旧ソ連時代、一党独裁とは言え、権力は共産党政治局を中心に制度化されていた。しかし、今や、すべての権力が支持率89.9%のプーチンという個人に集約される傾向が一気に強まった。政策決定に参加できるのはごく限られたインナーサークルの側近たちだ。
「欧米が犯した過ちはプーチン氏を見くびっていたことだ。チェチェン紛争、グルジア紛争(当時)、ウクライナ危機、シリア介入をみると、プーチン氏はストリート・ファイターと同じだ。売られたケンカに背中は見せず、絶対に引き下がらない。勝つためには手段を選ばず、犠牲も厭わない。ロシア国民の感情に寄り添い、すべての情報を自分に集め、祖国とロシア人のため国益を守るという使命を打ち立てている」と、ヒル氏は言う。
プーチンはケンカをする場所と時間、相手を狡猾に選んでいる。戦術核の先制使用の用意があることを公言したことで、危機をエスカレートさせるか、和らげるかの決定権を自らの手中に収めた。欧米はプーチンの行動に過剰反応すると危機がさらにエスカレートすると恐れ始めている。自らが武力を用いて影響力を行使できるテリトリーでプーチンは「エスカレート・ドミナンス」を確立しつつある。
高い支持率に立脚した正統な独裁者
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、ロシアが保有する核兵器は7500発。すべての権力がプーチンに集中し、その正統性は高い支持率に基づいている。それだけに危機が制御不能な状態にエスカレートする危険性は旧ソ連時代に比べても大きくなっている。
ブッシュ米政権下で国務長官などを歴任したコンドリーザ・ライス米スタンフォード大学教授も同じ時期、ロンドンを訪れ、英シンクタンク、国際問題研究所(チャタムハウス)で講演した。
「2001年、スロベニアでプーチン氏がブッシュ氏と会談したとき、テロとイスラム過激主義のことを強調していた。私たちが犯した最大の過ちは、プーチン氏が言う秩序と我々と同じだと考えたことだ。プーチン氏の追求する秩序とは、支配できるところを支配するということだった」