コラム

日本とASEANの複雑な50年

2023年07月01日(土)15時45分

インドネシアを訪問した天皇・皇后両陛下 WILLY KURNIAWAN-POOL-REUTERS

<経済発展を遂げたASEANはもう日本は落ち目と考え、中国と西側を二股にかけて独自の路線を行く>

天皇・皇后両陛下の初外遊であるインドネシア訪問が終わった。若い世代の交流を呼び掛けることができてよかったが、でもなぜインドネシア、それもインドネシアだけなのだろう? 調べてみると、今年は日本・ASEAN友好50周年。そしてインドネシアは今年、ASEANの議長国だ。天皇は政治行為ができないので、この点は宣伝を抑えたのだろう。

あまり意識されないが、ASEANは戦後の日本外交の重要な舞台だった。日本軍はほぼ軒並みにこの地域に進軍しているから、戦後はまず賠償の問題があった。賠償、そして賠償に代わる経済協力の交渉が全て決着するまで20年余りかかっている。

当時の東南アジア諸国は日本にとって、戦後失われた中国市場に代わる存在だった。アメリカもベトナム戦争以外では、世界の最貧国扱いを受けるこれら諸国に関心を払うことはなく、東南アジアは日本にとって自前の外交を展開する格好の場だった。

ASEANが結成されたのは1967年。米軍と戦う北ベトナムが、余勢を駆ってタイなどの東南アジア諸国を次々に共産化していく「ドミノ倒し論」が真剣に議論されていた時代だ。日本はこの地域にODA供与を拡大。日本企業も現地に工場を次々に建設し、経済を席巻していく。

77年、当時の福田赳夫首相が東南アジア諸国を歴訪して「福田ドクトリン」を発表。日本は上から目線の援助や投資をやめ、東南アジア諸国の人たちの生活向上のために投資・経済援助をしていく決意を表明した。東南アジア諸国に対する日本のODA供与累積額は1650億ドル、ASEAN諸国への企業の年間直接投資額は対中国の約3倍に上り、その発展を大いに助けてきた。

筆者が初めて東南アジアを旅行したのは75年頃だった。タイの首都バンコク郊外は日本の終戦直後のような未舗装のほこりっぽい道が続き、カンボジアの地方では90年代半ばになっても、人々は籐で編んだ風通しのいい小屋に住んでいた。それが今ではASEAN全体で人口6億7000万人、GDP3兆ドルの堂々たる存在になっている。

「落ち目」の日本よりも中国

日本の努力が実ってASEANは自由・民主主義陣営、そして「自由で開かれたインド太平洋地域」の重要メンバーになってくれる――と思いたいところだが、現実はそれほどセンチメンタルではない。ASEAN人士は自力で偉くなった、日本はもう落ち目だと思い込んでいる。そして何かと民主化や国内利権の浄化を要求してくるアメリカより、気前よく資金を出してくれる中国を選ぶ。中国の政治的圧力を恐れているのはベトナムとフィリピンくらいのものだが、それでも中国と西側に二股をかける。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ証券取引所、ミャンマー地震で午後の取引停止

ビジネス

ラピダス社長、民間からの追加出資1000億円「めど

ビジネス

中国SMIC、サモア企業装い技術者採用か 台湾当局

ワールド

ミャンマー中部でM7.7の地震、第2の都市マンダレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影された「謎の影」にSNS騒然...気になる正体は?
  • 2
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 3
    地中海は昔、海ではなかった...広大な塩原を「海」にした、たった一度の「大洪水」とは?
  • 4
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    「マンモスの毛」を持つマウスを見よ!絶滅種復活は…
  • 8
    「完全に破壊した」ウクライナ軍参謀本部、戦闘機で…
  • 9
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 10
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 3
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 4
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 8
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 9
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 10
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story