コラム

「プリゴジンの乱」で、プーチン早期退陣の可能性が出てきた

2023年06月28日(水)15時30分

モスクワへの「進軍」

ここでワグネルは立ち上がる。ウクライナに接するロストフ州の首都ロストフ・ナ・ダヌーにあるロシア軍南方軍管区の建物などを「占拠」、23日にはトラックなどを連ねてモスクワへの「進軍」を始める。その模様をSNSなどで流すから、ロシアの国営テレビもニュースで詳しく流さざるを得ない。というわけで、外部からは1917年のロシア革命後、地方から「反乱軍」が攻めあがった時と同じに見えてしまった。

しかし一連の騒ぎは、白昼夢のごとく、音も色もついていない感じ。と言うのは、「反乱軍」がロシア軍(国内軍)の抵抗を何も受けていないのだ。抵抗しても、ワグネル軍の戦力にはかなわなかっただろうという見方もあるが、ハイウェーを高速で走るワグネル軍がミサイルとか大砲を落ち着いて撃てるはずもない。

要するに、「ワグネル軍を止めろ」という指令がクレムリンから下りてこなかったから、軍、国家親衛隊(国内軍)、警察等々、ロシア専制国家を支える装置の数々はばらばらのまま、動き始めなかった、というのが実情なのだろう。日本でもよくある、「上からの調整が不十分で、諸省庁の谷間に落ちて」しまったのだ。

それに、「プリゴジンはプーチンのお抱え」という意識が浸透しているから、現場では自分の判断で何かをしようという気が起きない。

加えて、今回の「進軍」は当初、「反乱軍の進軍」ではなかった。「プーチンお抱え傭兵隊の陳情のためのクレムリン詣で」だったのだ。日本の戦前の二・二六事件で、天皇の意を受けた「兵に告ぐ」声明が出るまでは、反乱軍はまだ反乱軍ではなかったのと同じ。

だから24日10時、意を決した――自分の責任であることを認めるのと同じだったので――プーチンが声明を発して、ワグネルを反乱軍扱いしたところで、プリゴジンも反転を即座に決めた。プーチンはプリゴジンと直接取引はできないので、ルカシェンコにプリゴジンとの交渉を委ねた。ルカシェンコにとっては、プーチンに恩を売る絶好の機会。

プーチン早期退陣の可能性

プーチン早期退陣の可能性が出てきたと思う。「プリゴジンの乱」のごたごたはプーチンの責任だ、彼がウクライナ戦争を始め、プリゴジンなどを引き込んだせいで、ロシアは破滅に向かっているではないか――という声が、ロシアの要人たちの喉から出かかっている。ロシアは、プーチン独裁の国ではない。公安=FSBを核とする保守エリート層の神輿として、プーチンは存在している。神輿が古くなると、次の神輿が担ぎ出される。

プーチンは1999年12月、エリツィンに禅譲を受け、首相から大統領代行に昇格。翌年3月の選挙で正式に大統領になった人物。当時のエリツィンは1998年8月のデフォルトで経済をめちゃめちゃにした上、病気で執務もできず、周囲から圧力を受けていた。禅譲の4カ月前の99年8月、プーチンは国家保安庁長官から首相に横滑り、9月にはチェチェン独立運動鎮圧戦争を開始。首相が司令官役を務めるというのは異例なことなのだが、首都グロズヌイを灰燼に帰すという決然たる指揮ぶりで大人気を得ると、その勢いで2000年3月の大統領選挙で勝利する。

当時の情勢を、ウクライナ戦争の今に当てはめるとどうなるか? 「ロシアはこれからウクライナで逆逆攻勢に出て、キーウをミサイルで大規模攻撃。ドネツク州、ザポリッジャ州、ヘルソン州全域を占領。それを成果にして停戦合意を結ぶ。この逆逆攻勢はプーチンに差配させるのではなく、後任の大統領代行にさせる。その代行は逆逆攻勢での「功績」を支えに、来年3月の大統領選挙で国民のお墨付きを得る。もともと有力な対抗馬はいない。しかし後任者の人気を盛り上げるには、禅譲は早い方がいい」ということになる。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは149円付近に下落、米関税警戒続く

ビジネス

味の素AGF、7月1日から家庭用コーヒー値上げ 最

ワールド

ロシア、2夜連続でハリコフ攻撃 1週間で無人機10

ワールド

シリア新暫定政府に少数派が入閣、社会労働相には女性
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story