コラム

安倍元首相、銃撃を招いた日本型ポピュリズム社会

2022年07月11日(月)15時01分

220719P18_TCA02.jpg

安全保障問題を不毛な「神学論争」から解放(2014年の自衛隊観閲式) KIM KYUNG HOON-REUTERS

安倍元首相ほど、「沈んでしまった日本を再び持ち上げる」ということを意識し、明確な目標に据え、それに向かって力強く、かつ巧妙、長期に仕事を進めた政治家は日本にいないだろう。今でも忘れないのは、2012年12月に彼が首相として再登場し日本再生を打ち上げると、翌13年5月に英エコノミスト誌がスーパーマンに扮した格好で飛来する彼のイラストを表紙にしたことだ。

丁々発止の外交で存在感

以後、実に8年弱にわたって、筆者は「しかるべき人物が首相の座に座っている日本」を堪能することができた。首相には外国で日本のイメージを高めるような見栄えのいい、そして外国の首脳の懐に飛び込んで丁々発止の外交ができる利発さが求められる。

「外交」の大半は、実は日本の国内で方針を固める際の調整なのだが、こういうとき諸方に人脈を持ち、説得力と腕力を持つ首相がいることは本当に心強い。

安倍元首相の功績は、使い古された言葉だが、「枚挙にいとまがない」。何といっても、13年7月の参議院選挙で勝利して以降、長期にわたり安定した政治・経済の枠組みを提供したことが挙げられる。

そして、アベノミクスによるデフレ傾向の抑制。バラク・オバマ元米大統領やドナルド・トランプ前米大統領、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、インドのナレンドラ・モディ首相などの懐に飛び込んでの対大国外交。

中国と韓国に対しては筋を通したが、かといって不要な対立は避ける現実的な外交。TPP(環太平洋経済連携協定)からアメリカが離脱したときに一部の先進国をねじ伏せて成立にこぎ着けた矜持と粘りと剛腕──。

19年、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)で、両脇にトランプと中国の習近平(シー・チンピン)国家主席を並べて議長席に座った安倍元首相は、あるべき日本外交の姿をこの上ないほど世界に印象付けた。

悲願だった憲法改正は達成できなかったが、安倍元首相は安保関連法案の成立で日本の安全保障問題を不毛な「神学論争」から解き放った。革命的な業績はなかったが、革命は今の日本に必要ない。時代が求める改革は、きちんとやり遂げている。

2度にわたる消費税引き上げもそれに入るだろう。安倍元首相の死去は、今後の日本の政治・経済にどういう影響を与えるだろう。

まず内政では、94人と自民党で最大の人数を擁する安倍派の解体が始まる。彼に代わる有力者は見当たらないし、有能な若手も全員を結集するのは無理だろう。参院選後は国政選挙を3年間はやらなくてもいい稀有な安定期に差し掛かるので、自民党は安心して派閥の再編成にふけることになる。しかしそれは、岸田首相を引きずり降ろす政局の方向には動くまい。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story