コラム

どっちもどっちな日本学術会議と政府の明治時代から続く相克の歴史

2020年10月14日(水)11時00分

今回の手法は菅内閣=強権政権というイメージを世間に印象付ける Carl Court/Pool via REUTERS

<学者まで役人扱いせんとする菅政権の強権ぶりと、いつまでも兵器技術研究を忌避し続ける日本学術会議>

日本学術会議が推薦した新規会員候補6人の任命を菅義偉首相が拒否したことが大きな問題になっている。政府は予算を与える相手は誰でも支配しようとして、「学問の自由」を掲げる側と正面衝突している。

俗に「日本の国立アカデミー」とも称される日本学術会議は、六本木の国立新美術館と青山墓地の間に立つ壮大な建物にある。アカデミーとはもともと権威ある学者の自発的な集まりで近代欧州に発するが、今ではちょっとした国なら同種の機関がある。

20201020issue_cover200.jpg

日本学術会議には210人もの会員が6年の任期を務め(その間の身分は特別国家公務員)、さまざまの分野について声明・提言・勧告などを発表する。なかには政府の方針に反対・批判するものもあるので、政府にしてみれば「カネを出すなら口も」という誘惑に駆られる。

これに、明治時代からの因縁が絡むので話は複雑になる。そもそも欧米のアカデミーに準ずるものとして明治12年に「東京学士会院」がつくられ、これはその後「帝国学士会院」、戦後は「日本学士院」に改称された。定員150人の終身会員が、The Japan Academy の名の下に今でもアカデミーの国際組織である「国際学士院連合」のメンバーとなっている。

しかし終戦直後の1946年、「民主主義科学者協会」 が左派系主導の下に発足し、おそらく政府はこれに背中を押されて49年に名誉職的な日本学士院よりは基盤を広げた日本学術会議を国費で設立する。しかしその英訳はScience Council of Japan で、アカデミーの国際組織の正式メンバーではない。

異論は政策を鍛えるもの

終戦直後の気風(47年5月には社会党政権が成立)を継いでか、日本学術会議は時として左派、あるいは平和主義的立場を強く打ち出す発言をして政府をいら立たせる。それは特に、原発や大学における軍事・兵器技術研究の忌避に集中している。

元外交官の筆者にしてみれば、原発はともかく、日本を取り巻く情勢がとみに不安定化している今、税金で運営する大学などの組織に自主防衛力を高めるため兵器技術研究をやってもらってなぜいけないのかと思う。アメリカはもちろん、ドイツでさえ国防省は大学を広く活用しているのだから。

一方、今回の政府のやり方は、菅内閣=強権政権というイメージを世間に印象付けるものとなる。今回、菅が承認を拒否した6人の学者がなぜ政府の神経を逆なでしたのかは知らない。今回の問題はそれよりも、「政府のカネをもらう者が、政策に異論を挟むのをどこまで許すのか」という原則に関わるものだろう。公務員ならば、異論を持っていても、一度何か決まれば異論を外部に発信するのはルール違反だ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story