コラム

ロシアで叫ばれる「アメリカ崩壊論」の現実味

2020年07月28日(火)17時00分

かつてエリツィン(中央)も「帝国」のトップに君臨したが REUTERS

<資本主義が終わり工業を失いドルは紙切れになると揶揄するが......>

新型コロナウイルスの拡大に反人種差別デモ――。アメリカで何が起きても、トランプ米大統領は対立を鎮めるのではなく、あおることで喝采を得る。

その中でコロナ禍は広がり、社会は行き詰まる一方だ。これでは「アメリカ崩壊、アメリカ分裂も間近」という気分になるというものだ。この国が今の中南米のようにばらばらでないのは、歴史上の1つの偶然だったのだから。

20200804issue_cover200.jpg

古来、「帝国」の崩壊は、いくつか共通の症状を示す。西ローマ帝国では、有力者たちが大規模な荘園を構えて税金を払わず、周辺辺境の征服も終わって新たな金銀鉱山も手に入らず、国は軍閥に分かれてそれぞれが皇帝候補を推戴し、首都は格差と腐敗、そして陰謀と堕落が横行する場所となった。

そこを、おそらく中国方面からやって来た天然痘などの疫病が襲い、人口は激減する。同時に、ゲルマン諸族やフン人が領内になだれ込み、ローマの領土を虫食いにした。

現代ではソ連において、野心家のエリツィンが地方をおあり、税収の流れを止めて連邦政府を兵糧攻めにし、連邦の解体を一方的に宣言してゴルバチョフを追い出し、残ったロシア連邦に君臨した。

そのロシアの右派系の人々は、アメリカの惨状を見てあざ笑う。「見ろ、あの黒人暴動を。まるでソマリアみたいじゃないか(ソマリアに失礼な話だ)。資本主義はもう終わり。アメリカがロシアに説教してきた自由や民主主義では国は治まらない」と。

確かに今のアメリカには、先進国と途上国が同居していて、これはどこの国なのかと感ずることが多い。だが、アメリカは本当に瓦解するのだろうか?

トランプは11月の大統領選挙で落選すれば(当選する可能性は残っているが)、「選挙は不正だったので無効」と言って、裁判所に訴えるだろう。裁判所はデモ隊に囲まれ裁判官の家族は脅迫を受ける。トランプ支持派は銃を持ち出して卑劣なヒット・エンド・ラン(撃っては隠れる)のゲリラ行為に訴え、全米を騒乱状態に導く。この時トランプは非常事態を宣言し、ホワイトハウスに居座る......。

しかし、トランプの力は結構弱い。非常事態を宣言しても、軍は彼の指示では動くまい。既に軍幹部はトランプに、軍を政治的に利用しないよう警告を発している。そして、行政機構というものをほとんど持たなかったローマ帝国と違い、アメリカは中央と地方にきちんと組み立てられた立法・行政・司法機構を持ち、それを効率的な徴税体制で支えている。各州の住民も、「独立」して連邦の資金や市場が使えなくなる事態は望むまい。地方が中央への国税送金を抑えただけで崩壊した1991年のソ連とは社会の厚みが格段に違う。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story