コラム

ポピュリズム時代のアメリカと日本はどう付き合うか

2018年11月24日(土)11時30分

アメリカ政治の今後を決するのは低所得層か(ボストン) Lane Turner-The Boston Globe/GETTY IMAGES

<中間選挙直前のボストンで襲われた「途上国」の錯覚......元外交官が説く脱エリートの実感的日米外交論>

米中間選挙直前の10月末、ボストン郊外の民宿に1週間泊まり、市民の生活を見る機会があった。全米で最も古いボストンの地下鉄は市が予算を回さないため、ますます古びて、不愛想なプラスチックむき出しの座席にはさながら「世界中の」人種・民族が座っている。

65年に移民法を改正し、欧州白人以外の移民を大量に受け入れ始めて半世紀余り。都市部は完全に多民族社会となり、街頭に欧州系白人はまばらにしか見えない。都市インフラの整備の悪さや低所得層の生活を見ると、途上国にいる錯覚に襲われる。

そのくせ郊外の森には高所得層向け老人ホームが城のようにそびえ、圧倒的に白人社会だ。低賃金でモーテルの一室を仲間とシェアして何とか暮らす大衆社会と上下に分かれ、間を埋めるべき中産階級の存在感がない。

ボストンに限らず、こうした低所得層の大衆は理屈では動かない。国や世界よりも自分の生活を守り、良くすることで精いっぱいだ。そこでポピュリズム(大衆迎合主義)のトランプ米大統領は、イスラム系移民やメキシコや中国を諸悪の根源と名指し。財政赤字も何のその、大減税の大盤振る舞いと出た。

新たな移民や中国などからの輸入で職を脅かされていると感じている大衆は、人種を問わず大喝采。「悪者」を仕立て上げてこれに大衆の不満を向け、バラマキで懐柔――これはロシアのプーチン大統領も使うポピュリズムの手法そのもの。大衆を利用して権力の座に就き、その後のつじつま合わせで苦労する。

アメリカが移民の大波を受けて統合に苦労するのは、今回だけではない。19世紀末には東欧、南欧諸国の移民が急増。人口は1850年の約2300万から1920年には1億600万人となった。これに電化生活や自動車文明の到来、第一次大戦の戦争特需が重なり、GDPは急増。超大国化の土台を築いた。

ぎごちないコスプレ大会

だがアメリカは国民を戦争に駆り立てることが難しくなっていった。19世紀末、ハワイだけでなく、米西戦争によるフィリピン、プエルトリコ、グアムの併合など、帝国主義的拡張政策を進めたアメリカは、第一次大戦ではぎりぎりまで中立を決め込んだ。37年に日中戦争が始まった当初も、日本の進撃に目をつぶり、中国を助けようとしなかった。

今、米軍は世界中に展開している。将校は先祖代々軍人というエリート階層が増えているのに対し、下士官と兵士はその多くが「大衆」だ。彼らは、軍隊で数年勤めれば大学に奨学金で通え、年金や医療保険でも優遇されるから志願する(徴兵制はベトナム戦争後、停止されている)。平時はこれで機能するが、今は軍上層部の中ロ敵視発言にあおられてか、軍内では戦争が近いという懸念が急速に広がっている。下士官や兵士への志願者は減るかもしれない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story