コラム

イエメン内戦に新展開、分裂・内戦を繰り返してきた歴史的背景を読む

2019年09月10日(火)18時20分

支援してくれたUAEへの感謝を示すデモ行進を行うイエメン南部分離勢力の支持者たち(アデン、9月5日) Fawaz Salma-REUTERS

<サウジとイランの代理戦争とも言われ、5年目に入ったイエメン内戦だが、8月に南端の都市アデンで分離独立派が蜂起した。25年前の内戦を思い起こさせるが、今後の展開は>

イエメン内戦で8月に南部の分離独立派がアデンで蜂起し、暫定政権軍を排除したというニュースが流れた。私はエジプトにいて、衛星放送でカタールのアルジャジーラTVが映すアデンの映像を食い入るように見た。

アデンから南部勢力が独立を掲げて蜂起するのは、25年前の1994年の南北イエメン内戦以来である。その時はアデンが陥落し、北側の勝利で終わった。私は当時、朝日新聞の中東特派員として陥落したアデンに入った。今回、テレビに映し出された町の背後に岩山がそそり立つアデンの光景は、私の目に焼き付いていた。

アデンはアラビア半島の南端にあり、インド洋に突き出した半島にある港湾都市である。北のサヌアにつぐイエメン第2の都市で、人口は約95万人。しかし、岩山で出来た半島には水源がない。8月にアデンで南部勢力の蜂起によって戦闘が始まった時、ロイター通信などがアデンからの情報として、給水や物資の補給が止まり、深刻な水不足、食料不足が起こっていると報じていた。94年のイエメン内戦時のアデンと同じである。

私は94年4月に中東特派員としてエジプトのカイロに赴任し、イエメン内戦が始まったのは5月だった。初めての中東赴任で、その最初の仕事が内戦取材。5月に内戦が始まった直後、北イエメンの首都サヌアに入り、北側から南北軍がせめぎ合う前線取材に出た。

2カ月後の7月にアデンが陥落して、北側の勝利で内戦が終結した直後にアデンに入った。アデン市内は電気も水道も止まり、商店も役所もドアを閉ざし、都市は全く機能を失っていた。市民は1カ月におよぶ旧北軍の包囲攻撃で疲弊し、旧北軍の車から下ろされる食料を奪い合い、給水車の前に列をつくる姿がいたるところで見られた。

陥落したアデンに入った時に書いた記事には次のような描写があった。


 アデン市中心部のタヒヤ地区の広場の周りで、人々が兵士の乗った軽トラックに群がっている。兵士は、布袋の中からキュウリやピーマン、ブドウなどを下ろしていく。ベールをかぶった女たちの悲鳴のような声、男たちの怒声が響く。二、三本のキュウリを取るために、争う。手に入れたキュウリを道端でほお張る姿も。「一カ月以上も、野菜を食べていない」と、一人の男が言う。近くで、「パン、パン」と、銃声が聞こえる。奪い合いで収拾がつかなくなり、兵士が威嚇のために空に向けて発砲したのだ。
 日中は熱風が吹く市内のあちこちで、給水車が止まり、プラスチックのタンク、バケツなどを持った市民が列をつくっている。貯水タンクは内戦で破壊され、一カ月近く水道は止まっている。人々は市内に点在する井戸から水をくんでいるが、この地区には井戸がなく、隣の地区までくみに行っていたという。「しょっぱくて、汚れていて、いつもおなかをこわしていた。貧乏人は車もないから、手で運ばなければならないし」と、近くの主婦アミナさん(四九)が言った。(朝日新聞1994.07.13夕刊)

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story