コラム

安田純平さん拘束から3年と、日本の不名誉

2018年08月02日(木)11時30分

この時の事例を振り返れば、武装組織に拘束された邦人を安全に解放するためには政府による真剣な働きかけが重要だと痛感されるが、安田さんの事例では、そのような政府の真剣な対応を感じることはできない。

日本政府の対応の差が、公務員に準じるJICA関係者とフリーランスのジャーナリストの違いからくるとは考えたくないが、日本政府の対応が、ジャーナリストの解放を実現したスペイン政府やドイツ政府と真剣度で異なることは明らかである。

「祖国に戻すために、あらゆる手段を使う」と米国政府も動いた

日本政府がテロ対策でも協力関係にある米国でさえ、ヌスラ戦線に拘束されていたフリーランスのジャーナリスト、テオ・カーティス氏を2年の拘束を経て、2014年8月に解放を実現した。

解放にあたって、当時のケリー国務長官は声明を出し、「2年間、米国政府はテオの解放を実現し、さらにシリアで人質になっているすべての米国人の解放を支援する力になってくれる者、影響力を持っている者、手段を有するかもしれない者たちに緊急の助力を求めて、20カ国以上の国々と連絡をとった」と明らかにした。

この事件で、米国政府は身代金の支払いを否定している。CNNは捜査当局者の話として「米国は解放の交渉には関わっていないが、解放が無事行われるよう民間で尽力されたことは知っていると語った」と報じた。さらにカタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」が「カタールが仲介し、ヌスラ戦線からの米国人ジャーナリストの解放を支援した」と報じた。米国が1人のフリーランスのジャーナリストを武装組織から解放するためにどれだけの労力を費やしたかが推測できる。

ケリー長官はジャーナリストの解放にあたって、「私たちの思いは人質に捕られている米国人と、その家族とともにある。彼らを見つけ、祖国に戻すために、私たちは外交や情報収集、軍事などあらゆる手段を使い続ける」と語った。

菅義偉官房長官は2016年5月に安田さんの画像がネット上で新たに公開された時、「邦人の安全確保は政府の最も重要な責務だ。さまざまな情報網を駆使して全力で対応している」と強調し、今回の動画についても全く同じ言葉を繰り返した。しかし、これまでのところ言葉だけに終わっている。

安田さんも「安全の保証」を得ていたはず

ジャーナリストの解放に向けた交渉が身代金だけではないことは、2016年9月に解放されたフリーランスのドイツ人女性ジャーナリストの事例から見えてくる。

ドイツからの報道によると、ドイツでシリア反体制の重要な情報があるという誘いを受けて、シリア反体制地域に入ったという。解放された後、当時のシリア征服戦線(現・シリア解放機構)から組織名での声明が出た。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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