コラム

シリア攻撃 トランプ政権の危険なミリタリズム

2017年04月08日(土)12時20分

シリアへのミサイル攻撃後、フロリダ州の別荘の一室でジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長からビデオ会議で報告を受けるトランプ大統領ら The White House/Handout via REUTERS

<アサド政権軍によると見られる化学兵器攻撃を受け、トランプ米政権がアサド政権軍の空軍基地にミサイルを撃ち込んだが、この行動は決断力というより無責任ではないか。トランプのミリタリズム(武断主義)を示す兆候は他にもある>

シリアのアサド政権軍によると見られる反体制地域イドリブへの化学兵器攻撃を受けて、4月7日、トランプ米政権がアサド政権軍の空軍基地に59発の巡航ミサイルを撃ち込んだ。

【参考記事】米軍がシリアにミサイル攻撃、化学兵器「使用」への対抗措置

シリア内戦が始まって6年になるが、米国によるアサド政権に対する武力行使は初めてである。トランプ大統領は化学兵器使用についてアサド政権を非難した後で、「前政権の弱さと決断力のなさの結果である」とオバマ政権を批判し、「オバマ大統領は化学兵器の使用は許されない一線だとしながら、何もしなかった」と語った。

トランプ大統領が言っているのは、2013年8月にダマスカス郊外の反体制派支配地域で1000人以上が死んだ化学兵器の使用で、アサド政権による使用が強く疑われた事件のことだ。国連調査団が現地に入り、オバマ大統領はアサド政権に対する武力行使の可能性を語ったが、結果的には断念し、代わりに米国とロシアの外相会談で、アサド政権が所有する化学兵器の査察と廃棄を実施することで合意した。

トランプ大統領は4月4日に化学兵器が使われた後、3日後の7日に巡航ミサイルを打ち込んだことを「決断力がある」対応だと言いたいのだろう。しかし、米国は英国、フランスと共にアサド政権の化学兵器使用を非難し、アサド政権に真相究明に協力するよう求める決議案の提案国になっていた。ロシアは「化学兵器は反体制派が所有していたもの」として、アサド政権の使用を否定したため、採決は見送られ、6日にはロシアがアサド政権を特定しない別の決議案を出した。

国連安保理での議論は、欧米がアサド政権による戦争犯罪の疑いのある行動を非難しようとすると、ロシアが反対し、時には拒否権をだすというパターンが続いていた。しかし、安保理の協議がまだ終わったわけではないのに、米国が性急に武力行使を行ったことは、「真相究明を行い、責任を明らかにする」という米国自身が参加した提案を裏切ることになる。このような一方的な手法は、安保理の協議だけでなく、ロシアとの間の政治的、外交的な交渉の可能性をつぶすものである。

国連安保理で常任理事国の間の利害が対立し、問題解決で有効な役割を果たすことができないのは、珍しいことではない。だからこそ、米国、ロシア、中国には、問題解決の道を探るタフな外交努力が求められる。トランプ大統領がいくら批判しても、2013年の化学兵器使用疑惑の際、米ロの外相が合意して、アサド政権が所有する化学兵器を査察し、廃棄する枠組みをつくったことは、大国としての外交の成果である。

【参考記事】シリアの子供たちは、何度化学兵器で殺されるのか

今回、再燃した化学兵器使用疑惑でも、その枠組みを復活させて、米ロで協力して、アサド政権に圧力をかけ、化学兵器の完全廃棄を求める方法もあったはずだ。しかし、トランプ政権の性急な武力行使によって、米ロが協力できる枠組みをつぶしてしまった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独メルク、米バイオのスプリングワークス買収 39億

ワールド

直接交渉の意向はウクライナが示すべき、ロシア報道官

ワールド

トランプ氏へのヒスパニック系支持に陰り、経済や移民

ワールド

イスラエル軍、ラファに収容所建設か がれき撤去し整
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドローン攻撃」、逃げ惑う従業員たち...映像公開
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 7
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 8
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story