コラム

戦火のアレッポから届く現代版「アンネの日記」

2016年12月01日(木)17時54分

 シリアの市民ジャーナリズムの驚くべき発展は、インターネットとソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及によって可能になった。私たちはシリア内戦という第二次世界大戦後最悪といわれる紛争について日々、現場からの映像報告をリアルタイムで受けることができる時代に生きている。そう考えて、バナのツイートを読むと、現代版の「アンネの日記」ともいえるものである。ナチスの迫害を逃れて隠れ家で送った生活を書いたユダヤ人の少女の日記は、彼女が強制収容所で死んだ後に出版された。いま、私たちはシリアで包囲攻撃と空爆の中にあり、次の瞬間にも死んでしまうかもしれない少女の日々の"つぶやき"をリアルタイムで受信している。

 2カ月に及ぶ母子のツイートを読んだ後で、家を空爆されて破壊され、「私たちに家はありません。私は軽いけがをしました。昨日から寝ていません。空腹です。私は生きたいです。死にたくはありません」とツイートする7歳の少女の書き込みを読むと、何もできないことに胸が痛くなるのは私だけではないだろう。

 アレッポの包囲攻撃と空爆については、BBCやCNNのような欧米のメディアは、現地の市民ジャーナリストが送ってくる映像やリポートを使って報じている。CNNはバナのツイートを取り上げ、11月27日に家が破壊されたことも紹介している。しかし、私が見る限り日本の新聞・テレビの大手メディアでは、アレッポ情勢はシリア内戦の戦況の話として報じられているだけで、戦争の下で市民が犠牲になるという市民の目線から、そこに暮らす人々の顔が見えるような報道にはなっていない。重要なことは、戦争の悲惨さを市民の視点から伝えることであり、戦況報道では日本からは遠い世界の話になってしまう。

 シリアの市民ジャーナリストの報道やバナのツイッターは、インターネットを通して誰でも見ることができ、大手メディアに頼らなくてもいい。シリアの市民ジャーナリズムの発展を見ると、大手メディアがメディアを支配していた時代は終わり、ジャーナリズムの担い手は現場にいる個人に移っているという思いを強くする。それは市民にとっても、「新聞・テレビが報じないから」という言い訳が通用しなくなっていることを意味する。戦争の下で女性や子供など市民が犠牲になり、自ら自分たちの苦境を発信している時、その受け手である私たちの意識や行動も変わらねばならないと考える。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story