コラム

空爆から1年半、なぜ「今回は」ガザの復興が進まないか

2016年03月04日(金)10時35分

イスラエルが住宅再建に同意したのは10分の1だけ

 ガザには私も昨年8月に入り、攻撃から1年後の状況を取材した。51日間の空爆と地上戦で2200人以上のパレスチナ人が死に、全壊1万戸を含む2万戸以上の住宅が損傷を受けたが、経済封鎖は続き、復興はほとんど進んでいなかった。8月までの1年間で、イスラエルが再建に同意したのは被害を受けた住宅の10分の1にも満たない1569戸で、そのうち663戸はカタールが再建資金を支援する住宅だった。

 再建申請に関わっている都市計画コンサルタントは「カタールが再建支援する住宅の中にはかなりの割合で、ハマスの軍事部門であるイッザディン・カッサーム軍団のメンバーの家が含まれている」と指摘し、「イスラエルもハマスの軍事部門だということは知っているが、ハマスとの間で政治的な駆け引きをしているのだ」と語った。

 経済封鎖が続いているため復興は進まず、それだけでも人々の不満は募るはずだ。その上、ガザを支配するハマスが、軍事部門のメンバーの家を最優先で再建することになれば、人々の不満がハマス政府に向かうのは自然なことである。それにしても、土井さんの映画で人々がハマス批判を口にするのを見ると、ハマスとガザ住民との関係に変化が生じていると考えざるを得ない。

6年間で3回の大規模な空爆・侵攻

 ハマスは2006年1月に初めてパレスチナ自治評議会選挙に参加し、それまで自治政府を主導してきたファタハを破って、過半数の議席を得た。当時、自治政府への国際的支援を私物化し、特権化したファタハへの批判が人々の間に広がったという見方が一般的だった。ハマスは貧困救済や母子家庭の支援など慈善運動を行って人々の支持を集めていた。

 ハマスは単独で自治政府内閣をつくったが、米国、ロシア、欧州連合、国連は、ハマスがイスラエルの存在を認めていないことなどを理由として、ハマス政府を認めず、支援を停止した。それに対して、ハマスは翌07年夏、それまでファタハが抑えていたパレスチナ警察を武力で制圧して、ガザを支配した。その後、イスラエルはガザを封鎖した。そして、2008年の年末から2009年1月まで20日間の空爆と侵攻、2012年11月の空爆、さらに2014年夏の空爆と侵攻という計3回にわたる大規模攻撃があった。

【参考記事】パレスチナ絶望の20年

 2008-09年の最初の攻撃ではガザで1300人以上が死に、大規模な破壊が残ったが、1年半ほどして、トルコや湾岸諸国、マレーシアなどのイスラム諸国から盛んに支援が入るようになった。さらに南のエジプト国境の下を通る数百本の密輸トンネルを通って、食料や日用品だけでなく、建設資材や燃料なども入ってきて、復興が進み、新しいレストランが開くなど活気が戻った。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story