コラム

空爆から1年半、なぜ「今回は」ガザの復興が進まないか

2016年03月04日(金)10時35分

エジプトのクーデターでハマス政権に圧力

 2回目の2012年秋は、エジプト革命の後で、エジプトではハマスと同系列のイスラム政治組織「ムスリム同胞団」出身のムルシ大統領の時。攻撃が始まるとすぐにアラブ連盟の外相会議が開かれ、ハマス政権との支援を表明する外相たちが次々とガザ入りするなどして、イスラエルの空爆を阻止した。

 ところが、エジプトでは2013年夏、軍がムルシ大統領を排除するクーデターを起こし、同胞団への弾圧が始まった。さらにエジプト軍は密輸トンネルを破壊するなどして、ハマス政権に圧力をかけた。2014年夏のイスラエルによる大攻撃の後、ガザが置かれた状況が厳しく、その前の2回と違って簡単には復興が進まないことが、人々の不満がハマスに向けられる要因にもなっている。

 人々はハマス政権に対して反乱を起こすのか、という土井さんの質問に対しては、2014年の攻撃で缶詰工場を破壊された会社経営者は、「民衆は現状に怒り、失望していますが、ハマスに立ち向かうほど強くはありません。ハマスの力がとても強力なので、反旗を翻すことはできません」と説明した。

【参考記事】パレスチナ人の一斉蜂起「インティファーダ」は防げるか

 ガザの状況が絶望的なのは、人々がハマス政権を批判しても、イスラエルがいつまた戦争を仕掛けてくるかわからないという点にある。イスラエルが戦争を仕掛けてくれば、それに対抗できるのはハマスしかなく、戦争になれば、人々はまたハマスを支持するしかなくなる。

ガザ、西岸ともに警察による人権侵害が広がる

 では、ガザの人々は、ハマスに代わって、ヨルダン川西岸を支配するアッバス議長が率いるファタハが統治してほしいと思っているかといえば、そうとも言えない。ガザの人々にとって、身内しか優遇しないという点ではファタハもハマスと変わらない。さらにファタハ警察がガザを統治していた時は、ファタハ内部の抗争があったり、車強盗が頻繁に起こったりと治安の乱れが広がった。

 土井さんの映画にはハマスを批判して、ハマス警察によって暴行され、足を折られたという大学教授が出てくる。ハマスの支配が強権化している。しかし、強権支配や人権感覚については、ガザのハマス警察もヨルダン川西岸のファタハ警察も大差はない。私は昨年夏、ヨルダン川西岸のラマダにも行き、ジャーナリズムの人権問題を扱う市民組織を訪ねたが、その代表者によると、パレスチナ警察によるジャーナリストへの人権侵害は西岸もガザも同様に起こっている、という話だった。

 ガザの人々にとっては、ハマスにとって代わるものがないことが、状況をより救いのないものにしている。土井さんの映画では、誰もが「ガザを出たい」と口をそろえる。そのような人々の絶望的な思いは、私が昨年8月に入った時も同様だった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア、第4四半期売上高見通しが予想上回る 

ビジネス

米ターゲット、既存店売上高3期連続マイナス 経営改

ワールド

トランプ氏、支持率低下認める 「賢い人々」の間では

ワールド

イスラエル軍、レバノン南部への攻撃強化 「ヒズボラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 9
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story