コラム

民主化か軍事化か、制裁解除後のイランの岐路(後編)

2016年01月26日(火)06時05分

 その一方で、ハメネイ師がハタミ政権の後に、改革派を抑えるために権力を任せたアフマディネジャド大統領が最高指導者のいいなりになったかと言えば、それも全く逆目に出た。アフマディネジャド政権こそ、政府で宗教者の役割を排除しようとし、ハメネイ師の指導体制に対抗する姿勢を見せた。第2期の後半には、大統領側近のマシャイ大統領府長官が「イスラムの時代は終わった」「宗教政治の時代は間もなく終わる」などと発言し、宗教界から強い批判を浴びた。アフマディネジャド大統領はそのマシャイ氏を第1副大統領に任命し、ハメネイ師からマシャイ氏の辞任を命じられた。大統領はマシャイ氏を擁護して、やっと1週間後に辞任を受け入れるなど、それまでのイランではありえない事態となった。

制裁解除で、国民、経済界の支持を得ようとするロハ二大統領

 民衆と、革命防衛隊というかつてイスラム革命体制を支えた両輪は、それぞれが革命の理念である「法学者の統治」という束縛から逃れて、政治を主導しようとしている。それは民主国家か、軍事国家かというイランの岐路を示している。どちらに進んでも、イスラム体制は否定されないとしても、宗教者が実質的に政治や行政を指導する体制は終わることになろう。

 その意味では、ハタミ政権とアフマディネジャド政権を経て登場した保守穏健派のロハニ政権は、改革派でもなく、革命防衛隊でもなく、ハメネイ師の意向を受けながらも、選挙で国民の支持を得ることができるという第3の選択肢となった。

 しかし、ロハニ大統領になっても、ムサビ氏の自宅軟禁が解かれることはなく、革命防衛隊や治安当局による改革派のジャーナリストの逮捕も続いている。ロハニ師は人権や言論の自由の問題では動かず、その代わりに国民の支持を得るために力をいれたのが、核協議での合意であり、その後の制裁解除ということだろう。それはハメネイ師の意向にも沿うものだ。ただし、2月の議会選挙で改革派候補のほとんどが立候補を認められないことについては「私の望むところではない」と語り、不快感を示したとされる。

 宗教者であるロハニ大統領としては、民衆の支持を得ている改革派と連携しつつ、経済界の支持を得て、民主主義の下で法学者の指導体制を存続させることが目標となるだろう。人権や表現の自由などの問題から距離を置いているのは、国内治安を担っている革命防衛隊との衝突を避けるためであろうが、革命防衛隊こそ政治的な敵だと意識しているだろう。

政治的な危機は「ハメネイ後」に訪れる

 イランを取り巻く中東の情勢を考えれば、問題はより明らかになる。イランはイラク戦争後に政治を主導することになったイラクのシーア派勢力の後ろ盾であり、「イスラム国」との戦いにも、シーア派民兵を支援するなど深く関わっている。さらにシリア内戦では、アサド政権を軍事支援し、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラの地上部隊をシリアに介入させている。イラクやシリア、さらにヒズボラとの関わりなど、対外的な軍事工作を行っているのは革命防衛隊なのである。逆に言えば、イラクやシリアへの介入から、欧米や湾岸アラブ諸国など、対外的な状況が厳しくなれば、革命防衛隊は国内の引き締めを強めることになる。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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