コラム

「シーア派連合」と連携するロシア、「裸の大国」と化したアメリカ

2015年10月28日(水)18時14分

 一方で米国を含む安保理常任理事国とドイツの6か国は、イランとの核協議で4月に枠組み合意、7月には最終合意をした。交渉の中心は米国とイランの話し合いであり、合意によって対イラン制裁が解除されていけば、米国とイランの新時代が始まるはずだった。

 米イランの関係修復は当然、シリア内戦の政治解決にもつながるはず。しかし、最終合意の直後から、イランの最高指導者ハメネイ師が「米国との対話」に反対する立場を表明するなど風向きが変わったところで、プーチン大統領がアサド支援を掲げて参画し、「米国との対抗」というくさびを打ち込んできた。プーチン氏がこの時期にアサド政権に対する軍事支援に乗り出したのは、核協議の最終合意後の「米・イラン新時代」をつぶそうという狙いもあっただろう。

 オバマ大統領としては、米国内に対イラン強硬派を抱え、イスラエルやサウジアラビアなどの湾岸諸国の間にあるイランへの警戒心を抑えながら、イランとの関係正常化に動いていた時だけに、ロシアによって米国に対抗する「ロシア+シーア派」連合が形成されたことは、大きな計算違いだっただろう。

「穏健な反体制派」軍つくりの挫折

 さらに裏目にでたのが、米軍が5月に着手した「穏健な反体制派」を訓練し、武器を与えるという反体制派支援策の挫折である。米国はISとの戦闘のために、年間5400人、3年間で1万5000人規模の反政権軍の創設を目標として軍事訓練と武器提供プログラムを開始したが、ロシアが空爆を始める直前の9月下旬に米軍はプログラムの断念を発表した。訓練できる人員が5か月で120人程度しか集まらないことや、提供した武器がアルカイダ系のヌスラ戦線などイスラム武装過激派に流れることが原因だった。

「穏健な反体制派」軍団を創設しようとした米国の政策は、自分たちが動けばみな、それになびくという「大国」意識からの発想である。しかし、米国は追従者や味方を自分の庇護下で守るという「大国」の行動はとうに放棄しているのである。庇護を与えない者の下で武器をとる者がいまの中東にいるだろうか。

 ロシア空軍の空爆で標的となって死んだTOW対戦車砲の訓練を受けた反体制派司令官は数少ない「穏健な反対派」だった。しかし、ロシア軍の空爆で殺害された時の米国の他人事のような対応が、これまでも繰り返されてきたのだろうと考えるしかない。米国の反体制派軍創設計画の無残な失敗は、米国が足場としているはずのシリアの反体制派に、実は全く足場がないという「裸の大国・米国」の無残な現実を突きつけるものである。

パートナーがいない米国

 米国防総省は10月になって「穏健な反体制派」を訓練する代わりに、すでにある反体制派組織への武器直接供与へと戦略を転換した。米軍の空爆によって地上でのISとの戦いを支援することも発表した。まるで、ロシア軍が空爆でアサド政権軍の地上戦を支援しているのを見て、初めて地元勢力との連携の重要性に気付いたかのような対応である。

 アサド政権と一体化するようなロシアの参画は、シリア内戦をさらに悪化させると書いたが、ロシアの極めて巧妙なやり口を見て、いまの米国の問題が明らかになる。それは、いまの中東のどこにも、米国のパートナーがいない、ということである。かつてはパートナーだったエジプトや、サウジアラビアともぎくしゃくし、同盟国のイスラエルとの関係もこじれている。「子供たちを殺戮する暴君」とアサド大統領を非難しながら、それが相手への圧力にもならないオバマ大統領の言葉の軽さが、いまの中東での米国の存在感の希薄さを示している。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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