コラム

韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳

2024年07月03日(水)10時38分

「負の歴史」に向き合った佐渡

とはいえ、本当の混乱はここからだった。東京・新宿に造られた、この世界文化遺産について説明する「産業遺産情報センター」で展示されたのは、朝鮮半島などから動員された労働者が、「幸せに」働いていたことを示すものであり、15年に日本政府自らが言明した彼らが「厳しい環境の下で働かされた」ことを伝えるものとは異なったからである。結果、21年にユネスコ世界遺産委員会は日本の対応を批判する決議を行い、日本政府は同センターの展示内容の一部入れ替えを余儀なくされている。

だが、「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録をめぐる今日の状況は、日韓両国が激しく対立したかつての状況とは大きく異なっている。理由は大きく2つ。1つは、日韓関係を重視する尹錫悦政権がこの問題に関わる積極的な言及を避けていること。もう1つは、日本側も同地の労働者の「厳しい環境」での労働を無理に否定しようとしていないことにある。

先に世界文化遺産に登録された端島や石見銀山の展示と比べたとき、佐渡金山に関わる展示は、前近代から続く鉱山での労働が過酷で、労働者の人権状況に十分な配慮が払われていなかったことが、かねてから強調されてきた。それは佐渡の人々が金山が有する「負の歴史」にも、正面から向き合ってきたことを意味している。

個々の人間がそうであるように、その人間が紡ぎ出す歴史にも、常に評価されるべき側面と、否定されるべき側面の2つが存在する。だからこそ、両者の一面だけを取り出し、他方に目をつむる歴史の語りよりも、両者に等しく目を向ける語りのほうが誠実だし、より魅力に富んだもののはずだ。世界文化遺産の登録を契機に、「佐渡島の金山」がわが国の歴史展示の優れたモデルとなることを期待したい。

2024071623issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年7月16日/23日号(7月9日発売)は「まだまだ日本人が知らない 世界のニュース50」特集。万引大国アメリカ、月にクマムシ、ウクライナでワインツーリズム、欧州アフリカ海底鉄道…… PLUS クイズ50

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中小企業の賃上げ、多くの地域で「広がり見られる」=

ワールド

「民主主義は世界的に不健全な状態」、ローマ教皇が警

ビジネス

米ボーイング、司法取引で罪認める方針 墜落事故巡り

ワールド

フィリピンと日本、円滑化協定に署名 安全保障で連携
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVの実力
特集:中国EVの実力
2024年7月 9日号(7/ 2発売)

欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」のリアルな現在地

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 2
    ルイ王子の「お行儀の悪さ」の原因は「砂糖」だった...アン王女の娘婿が語る
  • 3
    ドネツク州でロシア戦闘車列への大規模攻撃...対戦車砲とドローンの「精密爆撃」で次々に「撃破」する瞬間
  • 4
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 5
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド…
  • 6
    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…
  • 7
    世界ツアーで「マドンナ」が披露したダンスに、「手…
  • 8
    「こうした映像は史上初」 火炎放射器を搭載したウク…
  • 9
    酔った勢いで彫った「顔のタトゥーは似合わない」...…
  • 10
    夜の海に燃え上がるロシア大型揚陸艦...ウクライナ無…
  • 1
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 2
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカードの「基本概念」を根本的にひっくり返す悪手だ
  • 3
    ルイ王子の「お行儀の悪さ」の原因は「砂糖」だった...アン王女の娘婿が語る
  • 4
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」…
  • 5
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 6
    黒海艦隊撃破の拠点になったズミイヌイ島(スネーク…
  • 7
    H3ロケット3号機打ち上げ成功、「だいち4号」にかか…
  • 8
    キャサリン妃も着用したティアラをソフィー妃も...「…
  • 9
    ドネツク州でロシア戦闘車列への大規模攻撃...対戦車…
  • 10
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 5
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 6
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 7
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 8
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
  • 9
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 10
    「何様のつもり?」 ウクライナ選手の握手拒否にロシ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story