コラム

【2+2】米中対立から距離を置く韓国、のめり込む日本

2021年03月22日(月)06時01分

そしてこの様な「大きくなった」韓国の存在は、その動向次第では北東アジアのパワーバランスを大きく変える力を可能性をも有する様になっている。事実、韓国海軍はいつの間にか、かつて我が国において大きな脅威であったロシア太平洋艦隊をも凌駕する規模に達しており──その実際的能力をどう見積もるかは別にして──仮に韓国が仮想敵に転じた場合、日米両国は一定の兵力を日本海方面に割かざるを得なくなる。好むと好まざるとに拘らず、日米両国にとって韓国が「そこにある」限りは、この国の地政学的位置を考慮に入れずして、安全保障政策を構築する事はできない。

アメリカにとっての韓国の厄介さはそれだけではない。重要なのは、現状の韓国がアメリカの同盟国であり、にも拘わらず仮にアメリカが過剰な圧力をかけて、この国を中国側に押しやってしまうような事になれば、必然的に他のアメリカの友好国に影響を与える事になる事である。そしてもちろん、アメリカにとって決して合理的な行為だとは言えない。

事実、オバマ政権末期、アメリカが当時の朴槿惠政権に強い圧力をかけ、日韓慰安婦合意や日韓GSOMIA締結に繋がるような日本に対する妥協へと仕向けた背景には、朴槿惠の奔放な対中接近外交が、当時緊張感を高めていた南シナ海問題を巡って、東南アジア諸国に間違ったメッセージとなる事への懸念があった。即ち、その行動を許容する事が、同盟国である韓国ですらも中国への接近が許されるなら、自分達が中国と妥協する事は当然可能である、というメッセージだと見做される事を恐れた訳である。

そしてだからこそ、オバマ政権はこの朴槿惠政権の動きを止める為に、その前提として「慰安婦合意」という名の踏絵を踏ませる事ともなった。慰安婦問題が解決へと向かわない事を理由に日本との対話を拒否する韓国に、その口実を失わせ、安全保障上の中国の脅威を目前にした、日米両国との安全保障上の協力へと回帰させる為だった。

トランプの「負の遺産」

だからこそ、中国との対立を深めるバイデン政権にとって、G20の一つでもある韓国を如何にして「対中包囲網」から取りこぼさず、取り込むかという事は、今再び極めて重要になっている。そして、ここでバイデン政権はトランプ前政権が残した「負の遺産」に直面する事になる。即ち、アメリカの外交政策の継続性への疑念と、関係国がその間に得た新たなる経験がそれである。

即ちかつて、オバマ政権期までのアメリカには、民主・共和の両党の間で政権交代があっても、その外交政策、とりわけ同盟国との関係には一定以上の政策の継続性があった。だからこそ韓国を含む関係国は、アメリカから圧力がかかった時、長期的なコストとベネフィットを計算して行動する事ができた。そして何よりも重要なのは、その外交政策に一定以上の安定性がある以上、交渉の為の交渉に時間を割く事は無意味であり、逆にアメリカをいらだたせるだけの効果しか持たない事だった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story