「日本学術会議」任命拒否騒動に見る国家と研究者の適切な距離
これらの混乱した議論から垣間見えるのは、我々研究者自身が──それが手の届くところにあるところにある人々は別として──日本学術会議とは一体如何なる組織であるべきか、について確固たる理解を有しておらず、そもそもこの事件が起きるまで関心すら有していなかった事である。
現実の日本学術会議は制度的には内閣総理大臣所管の団体であり、政府に対する諮問機関の一つである。210人の会員は非常勤特別職の国家公務員であり、その選出においてはまず、会員或いは連携会員による推薦等に基づき、選考委員会が候補者名簿を作成し、総会の承認を経て、内閣総理大臣に推薦が行われる事になっている。
発足時には会員は研究者の直接選挙で選ばれていたが、1984年からは各分野の学協会(日本学術協力財団)が推薦する方式に変更になり、さらに2005年からは現会員が次の会員を選ぶシステムになっている。そこでは各学会に属さない、或いはその中で枢要の地位を持たない、例えば在野の研究者等がプロセスに介在する機会は皆無であり、その実態は個々の研究者を代表する「研究者の国会」というよりは、各分野の様々な有力学会が自らの有力者を送り込み、互いを承認しあうシステムだという方がふさわしい。もちろん学術会議委員の選出制度が今日の様な形に至った背景には、様々な政治的思惑が働いており、必ずしも研究者や学術会議の委員達が望んだ結果ではない。
とはいえ結果として存在する現実の制度は、極めてわかりにくいものである。実際、筆者自身も学会活動を開始してから30年以上、それなりに研究者として活躍しているつもりであり、幾つかの小さな学会の理事も兼任しているが、日本学術会議の委員に関わる推薦等に携わった事は無く、またその推薦がどの様な人々によってどのような経路で行われているかを聞いた事すらない。大多数の研究者にとって学術会議委員の推薦はどこか知らないところで誰かによって行われている、ものなのだ。だからこそ、比ゆ的な表現を使うなら、現状の学術会議は「研究者の国会」というよりは、既に各々の学会等で地位を築いた人々が互いに互いを選出する、「研究者の貴族院」或いは「枢密院」と言った方が現実に相応しい状況になっている、と言える。
諮問機関に入りたい人々
さて、この様に見た時、日本学術会議は我が国において最も「格式」の高い、しかしながら一つの政府諮問機関に過ぎない事がわかる。周知の様に、政府には数多くの審議会等の諮問委員会が存在し、様々な答申が日々行われている。そして、これらの政府関係委員会においては、その委員に、政府や官庁に近い人々が任命される事も多く、時に「官庁のラバースタンプ」と揶揄される事になっている。
実際の審議会等の委員の職は、それにより多くの収入を得られる訳ではなく、労多くして直接の経済的利益の少ない仕事だと言える。しかしながらにも拘わらず、多くの政府関係委員会が「ラバースタンプ」化する理由の一つは、これらの委員に選ばれる事が名誉である、とする考えがあり、研究者や彼らが所属する大学等がそのポストの確保に力を入れるからである。委員への希望者が幾らでもいるなら、政府は自らの望まぬ者を容易に拒否する事が出来る。代わりは幾らでもいるし、何よりも委員会に入りたい人達が自ら政府にすり寄ってくることすら少なくないからである。そこに政府と研究者──たとえそれが一部の人であるにせよ──の「癒着」と呼ばれても仕方のない、状況が存在する事は否定できない。
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