コラム

日本の「新型肺炎」感染拡大を懸念する韓国がまだ「強硬手段」に訴えない理由

2020年02月17日(月)15時40分

この様なこれまでの政権の状況を考えれば、自らの大統領就任から3年目の終わり、という比較的遅い時期に国会議員選挙を迎える文在寅は、極めて不利な「星回り」に当たっていた筈である。

しかしながら、今、文在寅政権を巡る状況はこのような「星回り」とは、少し異なるものとなっている。何故なら文在寅は以前40%後半、という大統領就任後4年目を目前とする時期の大統領としては、過去2番目──つまり初の南北首脳会談を実現し、その年ノーベル平和賞を受賞した金大中に次いで──の相対的に高い支持率を維持しており、与党民主党も野党自由韓国党に対して、支持率にして10%近いリードを維持しているからである。とりわけ、韓国において選挙の勝利を分けるソウル首都圏において、与党は野党に安定したリードを有しており、仮にこの支持率が今後も続けば、与党が野党に勝利を収める可能性が高くなる。そして政権発足から3年目の終わりに行われるこの選挙に勝利すれば、文在寅政権はその政権基盤はレイムダック化するどころか、逆に大きく強化されることになる。まさに歴代大統領ではありえなかった状況だ。

イデオロギーが両極化

この様な異例の状況を作り出している最大の理由は、野党、とりわけその中核を占める保守中道勢力が依然として分裂状態にある事である。2月16日の段階で韓国の保守中道勢力は、最大野党自由韓国党以外に、新しい保守党、正しい未来党、代案新党、未来韓国党、民主平和党、未来に向かって前進4.0、ウリ共和党等の少数政党が分立した状態にあり、この状況下、各党は生き残りをかけた統合への動きを進めている。この動きは現在、自由韓国党を中心とする保守勢力をまとめあげた「未来統合党」への統合の動きと、正しい未来党を中心とした中道勢力からなる「民主統合党」結成への動きに集約されつつある。しかし仮にこの統合が順調に進んでも、依然として野党が分立する状況に変わりはなく、加えて2017年の大統領選挙に立候補した安哲秀が新党を立ち上げる動きすら存在する。投票日まで2ヶ月を切ったこの時期においたこの状況で、彼らが「反文在寅票」を集められる一つの組織へとまとまれるか否かは、依然、予断を許さない。

だからこそこの様な状況において、進歩勢力と保守中道勢力の双方は、両者の間に存在する支持政党なし層を取り組んで勢力を拡大する方向ではなく、まずは自陣営の結束を強化し、陣営内の主導権を取ることにその力の多くを注いでいる。激しい主導権争いが展開されている保守中道勢力においては、まずは「誰が正統な進歩勢力への挑戦者となりうるか」を証明する事が必要であり、また与党からすれば、野党が分裂している限り、自らの支持層をまとめるだけで選挙に勝利できる可能性が大きくなるからである。結果として、両者はますますイデオロギー色を強め、ただでさえ左右に大きく分かれた韓国社会の亀裂は大きく開くこととなっている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story