コラム

日本の「新型肺炎」感染拡大を懸念する韓国がまだ「強硬手段」に訴えない理由

2020年02月17日(月)15時40分

感染が拡大する日本への国民の関心は高い(写真は2月10日、ソウル駅)Heo Ran-REUTERS

<韓国政府は日本を『新型ウィルス汚染地域』に公式に指定したがっているのだが、文在寅が止めている、と韓国では言われている。その背景には、韓国の複雑な政治事情が>

大学が春休みになったので、久々に1週間という「長い」期間を使ってソウルに滞在している。研究に関わる仕事をこなすと同時に、多くの人と顔を合わせ、「今」の韓国に関わる様々な意見を集めるのがその主たる目的である。

未だ春は遠く、雪の降りしきるソウルの街で、最も大きな関心を集めているのは、我が国においてと同様「新型肺炎」を巡る状況である。日本と同じく旧正月の休暇シーズンに多くの中国からの観光客を迎えた韓国であるが、この国における「新型肺炎」を巡る状況は、比較的安定した状況にあり、依然として拡大への強い警戒の中、人々の関心はむしろ事態が深刻化する中国や日本の状況に向けられている。とりわけ2月中旬に入り、感染者の増加が続く日本の状況への関心は高く、韓国のテレビや新聞は、連日その状況を詳細に報じることになっている。

この様な韓国においては一部で日本を「新型肺炎」の汚染地帯として正式に定め、これへの対策を強めることが検討されている。しかしながら、この問題については、日本の外務省に当たる外交部等が、日本から韓国への波及を恐れて早期に強い措置をとることを求める一方で、大統領府はその措置が日本政府や世論を刺激することを恐れ、むしろ慎重な姿勢を取っている、と言われている。

日韓関係のさらなる悪化は避けたい

背景にあるのは、昨年末、日中韓首脳会談に付随する形で日韓首脳会談が開催されて後の状況に対する、文在寅政権の日韓関係改善への「期待」である。2018年10月の韓国大法院の元徴用工問題に対する判決以降、急速に悪化した日韓関係が、依然として改善へと向かう道筋すら見つけられないことに対する、文在寅政権のいら立ちは強まっている。だからこそ、この状況で更に日本との関係を悪化させる事は出来るなら避けたい、という訳である。

しかしながら、文在寅政権がこの姿勢を今後も維持できるかは未知数である。最大の変数は4月に控える国会議員選挙である。ここで注目すべきは、韓国の憲法体制の特異な制度であろう。韓国では大統領がその任期を1期5年に限定されているのに対し、国会議員の任期は4年、大法院をはじめとする裁判官の任期は6年、という変則的な制度になっている。議院内閣制をとる我が国とは異なり、行政府の長である韓国の大統領は国会を解散する権限を有していないから、韓国の大統領は自らが就任した年次に合わせて、各々異なるタイミングで国会議員選挙を迎えることになる。

この様な制度の下では、自らの当選から間もない、つまり自らの支持率が高い状況で国会議員選挙が回ってくる大統領は、当然、有利な状況で国会議員選挙を迎える事になる。例えば、自らの就任の翌年に国会議員選挙を迎えた盧武鉉は、自らへの支持を背景に新たな与党「ウリ党」を作り、その選挙で圧勝する事でしばらくの間、安定した政治状況を作り出した。これに対して任期の終わり、つまり支持率が低下した状況で国会議員選挙を迎える大統領にとっては、国会議員選挙は常に大きな負担となってきた。大統領就任から4年後に国会議員選挙を迎えた朴槿恵は、この選挙で惨敗、以後急速に求心力を失う事となっている。国会での与党の多数が奪われたり、或いは与党そのものが支持率を低下させる大統領を見限って次期大統領選挙の有力候補者を中心に大統領に反旗を翻せたりすれば、法案も予算案も通せない大統領は無力な存在へと転落してしまうことになる。こうして自らの任期後半で国会議員選挙を迎えた歴代大統領は、この選挙を契機として、自らの政権を大きくレイムダック化させることとなっている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

政策調整急がず、現状の金利は適切な水準=FRB副議

ワールド

OPECプラス8カ国、5月から日量41万バレル生産

ワールド

米関税措置で25年の世界貿易1%減、報復の連鎖を懸

ワールド

米関税「根拠ない」、欧州企業は対米投資中止を=仏大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最後の1杯」は何時までならOKか?...コーヒーと睡眠の「正しい関係」【最新研究】
  • 2
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のために持ち込んだ?
  • 3
    【クイズ】日本の輸出品で2番目に多いものは何?
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    得意げに発表した相互関税はトランプのオウンゴール…
  • 6
    「ネイティブ並み」は目指す必要なし? グローバル…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    アメリカから言論の自由が消える...トランプ「思想狩…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story