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コリン・ジョイス Edge of Europe
背筋も凍る売れ残り本の運命
ニューヨークに住んでいたとき、僕は週に1度はストランド・ブックストアに立ち寄って、店内を見て回ったり本を買ったりしていた。広くて棚には本がぎっしり並び、興味深いお値打ち本がどっさりあって、とても魅力的な店だった。
でもこの店は普通の書店じゃなかった。定価で売れなかったり、通常の店舗ではもう売れなくなってしまった「売れ残り本」を集めた店だったからだ。
この店は世界で一番面白い「売れ残り書店」じゃないかと思えることがある。マイナーな有名人の最新の自伝が刷り過ぎて余ってしまった、なんていうタイプの本ではなく、ストランドには知的で活力に満ちた本がたくさんあった。こういう本は、世界中のどこよりもきっと、マンハッタンで買い手に巡り合えるはず――というのがこの店のコンセプトではないかと思う。
確かに、僕は素晴らしい本の数々に出会った。例えばビリー・ザ・キッドの伝説の多くを突き詰めたディープな伝記や、世間の注目を集めたソ連のパブリック・モロゾフ少年のリンチ殺人事件(彼は1930年、秘密警察に実の父親を反共産主義者だと密告して逮捕させ、国民的ヒーローになったがその後すぐに殺害された)を歴史的に考察した本などだ。
だけど、こうした本が名作だったというその事実こそが、僕を不安に陥れた。本の作者はきっと、何年もの歳月を費やして執筆にいそしみ、これらの本に全身全霊を傾けたことだろう。それでも、彼らの本はこの店で、他の何千冊の本と共に棚に並んでいる。買い手に巡り合えるかもしれない「地球上で最後の書店」で、必死になって見つけてもらうのを待っているのだ。
当時、本を執筆していた僕は、ストランドを訪れるたびにどうにかなりそうだった。彼らのような目に遭わないなんて、どうして言えるだろうか。
■本の「大量殺戮」現場
ニューヨークから故郷イギリスのエセックス州の田舎に移り住んだとき、僕はある意味ほっとした。いやむしろ、解放されたというべきかもしれない。本を執筆する空しさを思い知らされる、週に1度のあの時間から......。少なくとも最近までは。
というのも、僕の家族が住む小さな町ティプトリーの歴史を調べているうちに、この町が今ではTBSとして知られる出版・流通大手のティプトリー・ブック・サービシズのかつての本拠地だったことが分かったからだ。
社名は無味乾燥だが、同社の主要な業務の1つは、本をパルプ処理すること。1996年までに同社はかなり規模を拡大したため、イギリス中の売れ残り本の約3分の1を「処理」していた。あまりに数が多いので同社は30キロ離れた場所にある、より大きな社屋に移転した。
本が紙くずにされる場所に進んで足を踏み入れようとする作家なんていないだろう。旧社屋のあった場所は、今では小売チェーンのテスコの店舗になっている。僕はテスコに行くたび、そうとは知らずに多くの罪なき本が命を落とした現場を歩き回っていたことになる。
僕は分別ある人間として、出版と流通の経済の仕組み上は廃棄される本が出るのもしょうがないということは理解している(聞く話では本の良し悪しにかかわらず、イギリスで出版される本の10%は廃棄処分されているらしい)。でも物書きとしての僕は、その事実に愕然とする。本を破壊するという考えそのものに、どこか穏やかならぬものがある。
実を言うと、NHK出版新書からこのほど、僕の新著『「イギリス社会」入門〜日本人に伝えたい本当の英国』が出版された。時間と労力を注ぎ込んだだけでなく、僕自身の分身みたいな作品でもある。
僕はこれまで、自分の本が誰からも見向きされず売られなくなる羽目になるのを恐れてきた。でも今の僕は、皮肉な運命のいたずらによって、それよりももっとひどい事態を想像できるようになってしまった。
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