コラム

見過ごされていたイスラム原理主義者によるテロ攻撃の兆候

2020年01月08日(水)19時10分

サウジ軍将校に射殺された米兵の遺体(12月8日、デラウェア州) MARK MAKELA/GETTY IMAGES

<米軍基地で銃撃を行ったサウジ空軍将校、パリ警察本部内で暴れたイスラム教徒の警察職員──原理主義者によってジハードが行われる前には共通するシグナルがあった>

2019年12月、21歳のサウジアラビア空軍将校が飛行訓練を受けていたフロリダにある米軍基地で銃撃を行い、3人が死亡するという事件が発生した。将校は警察によって射殺され、FBIはテロ事件と断定した。

この事件は、10月にフランスのパリ警察本部内で発生した警察職員による襲撃事件(4人死亡)を想起させる。両事件には、容疑者が共にイスラム教徒であり、治安を守る立場にありながら、軍と警察という自らが属する組織の施設内で仲間を殺害したという共通点がある。

もう一点重要なのは、両容疑者には犯行に先立ち、さまざまな「兆候」が見られたことだ。

サウジ人将校には、2015年からアメリカに対するジハードを奨励するイスラム過激派指導者の主張をリツイートするなど、過激化の兆候が見られた。犯行前にはサウジ人学生3人を自宅に招待して夕食会を催し、イスラム過激派が大量虐殺を行うビデオを共に観賞した。事件後その3人は拘束され、1人は犯行の様子をビデオ撮影しており、あとの2人は車内でその様子を眺めていたと伝えられた。

一方パリ警察職員は、イスラム教徒女性と結婚してイスラム教に改宗した。2015年からシャルリ・エブド社襲撃などイスラム過激派によるテロ攻撃を支持する発言をするようになり、西洋的な服装をやめ、女性と目を合わせなくなり、話もしなくなった。犯行直前には、妻と「アッラーフアクバル(神は偉大なり)」「愛すべきわれらが預言者ムハンマドと『コーラン』に従え」といったメッセージを数十回にわたりやりとりしていた。所有していたUSBフラッシュメモリからは、「イスラム国」の斬首映像などが見つかった。

両者は明らかに、イデオロギー的に過激化しつつある兆候を見せていた。周囲の人々のうち、誰一人その変化に気付かなかったということはあり得ない。

実際にパリ警察職員については、女性を避けるなどの態度があまりに不審であるといった報告が上司にあったものの、具体的な対策は取られなかった。事件後フランスのカスタネール内相は、攻撃をあらかじめ防ぐことができなかった「機能不全」があったことを認めている。

サウジ人将校についてはサウジ当局者が過激化の兆候を認めつつ、「全てのテロリストは過激派だが、全ての過激派がテロを実行するとは限らない」と釈明したと、ワシントン・ポスト紙が伝えている。

発言や服装、異性への態度に変化

どこに住むイスラム教徒も、ほとんどが暴力を憎む人々であるはずだ。しかし彼らが神の言葉だと信じる『コーラン』には、異教徒を殺せと命じる明文があり、それに忠実にジハードを実行することこそが大義だと信じるイスラム原理主義者も確かに存在している。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

「安保の状況根底から変わること危惧」と石破首相、韓

ビジネス

欧州経済、今後数カ月で鈍化へ 貿易への脅威も増大=

ビジネス

VWブルーメCEO、労使交渉で危機感訴え 労働者側

ワールド

プーチン氏、外貨準備の必要性を疑問視 ビットコイン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 9
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 10
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story